「生と死のはざまを生きた誇り高き男たち」 その2

『身辺警護から夜のお相手まで戦場で随う忠勇の美少年』

女気を絶って戦場に赴く武将には、小姓(こしょう)・寵童(ちょうどう)と呼ばれる美少年が随(したが)って

いた。

14、5歳から17、8歳ごろまでの機知に富み、武勇にも秀でた者が選ばれていたのです。

本能寺の変で戦う森蘭丸(中央)、右奥に信長が描かれています。
mo.森蘭丸

彼らの主君の身辺に対する世話のやき方は、実に細やかで行き届いていたという。

武具、衣服の世話から、髪結い、食事、客の接待はもちろん、戦陣が長引けば寝具を整え、セックスの相

手もしていたのです。

当時、男同士の性関係は、特に異常ななこととはさっれず、むしろ武事を尊ぶ気風からもてはやされてい

たのです。

当時は、男色、または喝式といい、衆道、稚児などと呼んだのは江戸時代になってからのことです。

戦陣における主従の男色関係は、単に性欲を満たすだけにとどまらず、生死を分かち合う強烈な連帯感

を生んでいたといいます。

敵勢が次々と備えを突き崩し、本陣深くまで攻撃してきたとき、主君の最後の楯になったのは、彼らであっ

たのです。

その勇敢な戦いぶりは、本能寺の変で信長を守って奮戦し、信長と運命をともにした森蘭丸のことを良く

ご存知だと思います。

信長と蘭丸以外に、主君と小姓、寵童のカップルとして知られているなが、武田信玄と高坂昌信、徳川家

康と井伊直政、信長と前田利家などです。

信玄は他の少年に浮気して、それを怒った昌信(当時、春日源五郎)に対し、弁解の手紙を送っているほど

です。

このカップルも、ほんの一時期で数年間で終わっていますが、男色の相手でいられるのは、つねに美少年

の時期に限られるからなのです。

昼夜、主君の側で仕え、男色という強い精神的、肉体的結びつきをもった彼らは、その主君の戦いぶりを学

び、一流の武将として立身出世をしていったのです。




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いつもありがとうございます。


pig 20151122


                                <参考文献:戦国武将おもしろ辞典(奈良本辰也監修)>
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いえやっすん♪

こんにちは。いつもお世話になっております。
小説根拠なのですが、家康と直政のおうちが近くて、家康が庭から「やっほー」した話が、ぷぷぷ、です。
彦根城博物館で直政の傷をやたらと心配して、家老の木俣さんに「薬の調合はなー」「在庫がなくなったらすぐ言え」「ほんとに心配なの」と伝える家康の文書を見て、家康の直政へのこだわりは父親のようなものでもあったかと思いました。

pigletくんが涙目ですね。大丈夫?

つねまる さま

つねまるさん、こんにちわー♪

小説もまた真なりで、私も家康くんちの隣に家居を建てさせ、おーいと呼んでいたことを記事にした記憶があります^^

> 彦根城博物館で直政の傷をやたらと心配して、家老の木俣さんに「薬の調合はなー」「在庫がなくなったらすぐ言え」「ほんとに心配なの」と伝える家康の文書を見て、家康の直政へのこだわりは父親のようなものでもあったかと思いました。

直政くんの忠義は凄いものがあり、秀吉に寝返った石川数正を相当に憎んでいたようですね。
家康くんの家臣団を紐解くのも、結構楽しそうですね♪

> pigletくんが涙目ですね。大丈夫?

麻酔なしで歯切りをされますから、帰ってきても涙目が続いています。
うさぎ専門の病院に行っているのですが、小動物は麻酔そのものが危険なようです。
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平成26年6月30日に100城を制覇しました!

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