『秀吉の大陸進出の野望』 その63

『国王・弟君の建札』

クジ引きが済み、受け持ち区域が決まったので、諸将はそれぞれ別れた。

清正軍と小西軍はなお数日同じ方向に向かい、安城で別れて、清正軍は東北方に向かい、小西軍はなお

北西への道を続けることになった。

清正は、安城から新渓・谷山(こくざん)と経るが、一兵も道をさえぎる者はいないが、谷山から朝鮮の脊梁

山脈に入るので道は険難となった。

鉄嶺の麓地帯を通って海辺の安辺に出た。元山湾の岸です。

海に沿って、元山、徳源、文山、高原を通り、ここから海を離れて永興府に着いた。

この間、一敵にも会っていないのです。

城門の入口に建札がある。

通事を呼んで、読ませると

「われらは臨海君珒(し)、順和君珏(かく)である。日本軍の侵入によって、国軍皆敗れ、王城も陥り、国君

は蒙塵されるよりほかなくなった。われら憤りを発し、救国の義援を興さんため、当道に来て、これより奥地

に赴く。いやしくも勤王の志るもの、奮って馳せ参ぜよ。ともに義に殉じようではないか」

と、いう意味であるという。

清正は、臨海君珒、順和君珏とはどんな身分の人かと尋ねた。

「国王の弟君たちでござる」

と、通事は答える。

「国王の弟君たち?しかとか」

「そうでござる」

清正の心はおどった。ゆゆしい手柄の立てられることが目の前にせまっていると思った。

「いつお2人はここをお通りになったのか、それをここの住民どもに尋ねよ」

と、侍臣に命じた。



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sakura 20151125


                                    <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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