『秀吉の大陸進出の野望』 その64

『清正の説得』

侍臣は市内の民家を聞きまわり、帰って来て報告した。

「4日前にお通りであった由でございます。数百人の軍兵どもが守護していたと申します」

その夜、清正は寄騎大名の鍋島直茂と相良長毎を本陣に呼び食事をともにしながら、これらのことを相談

して、

「拙者は国王の弟君を追いかけたいと存ずるが、各々のご所存をうかがいたい」

と、発議した。

鍋島直茂(1537-1598年)
na.鍋島直茂

鍋島も相良も急には答えない。同意でないことは明らかのようであったが、清正はなお続けた。

「ことさらめかしく申すまでもなく、戦というものは戦う者の力量以外に運不運のともなうもので、いかに力量が

あり、勇敢なものだとて、必ず人に勝った手柄を立てられるとは限らぬものでござる。されば、運の向いてる時

には、気力を励まして強く追いかれるべきものでござる。両王子がこの町を通って奥地にまいられたとは、われ

らに手柄立てよとて天のあたえ賜った好運でござる。あくまでこれを追求するこそ、武人の心がけではござるま

いか」

鍋島は盃を一口飲んで言う。

「加藤殿の仰せ、一応道理とは存じますが、異国の者はなかなか心が深く、はかりごとが多いとうけたまわりま

す。餌をかけ人を遠く切所に誘いこんでおいてぐるりと取巻き、わなに陥れるような戦をすること、昔からめずら

しくないとうけたまわっています。あの建札も、あるいは餌の一つかと疑わしく思います。もし、そうなら不覚をと

ることになりましょう」

すると、相良長毎もいう。

「われらもあの建札は疑わしいと思っています。敵の奴らは、われらの寄せ来るのを知っている道理であります

のに、ああもありありとわかり易いところに掲げてあること、不審千万ではありませんか」

清正は笑って

「ご両所は、あの建札をはかりごとかとお疑いでござるが、拙者はそうは存ぜぬ、天照皇大神、八幡大菩薩、別

しては拙者の常に信仰捧持する妙経の指示、お加護と信じています。従わねば、かえって冥罰がありましょう。

お考え直しを願いたい」

と言ったが、2人の心は動きそうになかった。



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sa.佐賀城 001



                                   <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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