『秀吉の大陸進出の野望』 その70

『朝鮮の2王子を確保』

清正は急には会寧府城を攻めず、脱出するものは脱出させ、降伏するものは命を助けた。

これを聞いて、降伏する者が多かった。

ここ会寧府の役人で、鞠景仁という者がいた。

元来、南部の全羅道の役人であったが罪を犯したため、一族ともどもこの地に遷されて勤務していた。

加藤清正(1562-1611年)
ka.加藤清正

かねてから政府を恨んでいたので、復讐の好機到来とばかりに一族の者どもと談合して、2王子とその従臣

ら数10人を捕らえてしばり上げ、降伏を申し込んで来た。

清正はその降伏を受け入れるが、その際に取った扱いが実に立派であった。

彼は10余騎を従えて城内に入り、2王子とその従者を受け取った。

皆、縛られている。清正はその縄を解いて、自ら王子らを守って館に案内し、最も手厚く待遇した。

また、王子には多数の官女らが付、みな覆面をしている。

清正は兵士らに、

「顔を見てはならん。着物に触れてはならん。犯す者は斬る」

と厳命して、これまた丁重に案内し、酒食を供した。

清正は戦争においては鬼神の強さがあり、当時の在韓の諸将のなかで最も朝鮮軍に恐れられ、また明軍も

清正を恐れたという。

しかし、強いだけでなく、軍規に厳正であり、またこのように礼を知り、情け深くもあったのです。




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清正公の熊本城
熊本城 20150501 008




                                  <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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