『秀吉の大陸進出の野望』 その75

『明国』

明は、日本を恐れてはいなかった。

祖承訓の敗戦を聞いても、おとなと子どもの相撲だ。小競り合いに一度負けたくらいで気にすることはないと。

しかし、その時点では、多数の兵を送れない状態にあった。

中国の西北部の寧夏という異民族がいて、これが反乱を起こしていたので、この方面に大軍勢を送っていた

のです。

明国
mi.明国

火のつくような朝鮮の支援嘆願を聞き流しにして、いろいろ工夫をしていた。

当時の明の大司馬(陸軍大臣)は石星といった。

ある日のこと、石星の妾の父の哀茂(えんも)が石星の家に来て

「少々内密に御意を得たい」

と言った。

可愛い妾の父のことだから、石星大司馬は人を遠ざけて哀茂に会った。

「手前はこのごろ浙江省生まれの沈惟敬(しんいけい)という人物に知り合いになりましたが、少年の頃、商船

に乗って日本に往来したことがあるとて、なかなかの日本通でございます。この度の朝鮮のことを憂えて、朝廷

がもし自分に折衝の役を仰せ付けられるなら、必ず見事に解決して見せるのだが、雲路遠くして道なく、まこと

に残念であると申しています。一度お召しになってはいかがでございましょうか」

兵を用いないで解決する方法はないかと工夫にあぐねていた石星は、会うことにした。

沈惟敬は体格長大、ひげ長く、風采もなかなか立派で、年は40半ば、いかにも頼もしげであった。

弁舌もまたさわやかで、日本のことを論ずるのを聞くと、手のひらにものを指すがごとく詳細である。

そのうえ、こう言う。

「日本はわが大明国に対して不逞の志があるのではありません。朝貢し貿易をしたいとて、朝鮮にとりなしを

頼んだのですが、朝鮮がこれを拒絶したため、怒ってこんなことになったのです。拙者におまかせあるなら、

さらさらと解決してごらんに入れましょう」

石星は心を動かし、明朝に推薦した。

明朝は、沈惟敬を神機三営遊撃将軍というものものしい名前の官に任じて、日本軍と交渉させることにした。




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                                    <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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