『秀吉の大陸進出の野望』 その80

『読めない小西行長』

寧夏征伐に行っていた将軍・李如松が北京に凱旋して帰ってきた。この男は、度々の辺境の乱を平定し、

名将の名の高い人物であった。

明朝では、ついに日本軍と決戦することになり李如松を大将軍として、朝鮮に向かわすことになったが、

日本軍に油断をさせるため、沈惟敬も従うことになった。

宇土城の小西行長 (宇土城登城記は「こちら」です。)
ut.宇土城 003

小西行長は、惟敬を信用しきっていたので、宗義智や松浦鎮信などが忠告もしたが、停戦約束の期限

内は斥候も出さず、偵察もせず、防御の設備をせず、ひたすらに惟敬からの便りを待った。

約束の期間が過ぎた頃に、沈惟敬からの使いが来た。

「沈将軍は、11月20日頃には当地に到着するでありましょう」

という。

20日を数日過ぎて、惟敬は来た。

小西は喜んで迎え早速談判にかかったが、惟敬は言う。

「朝貢のことは確かに許しを貰って参ったが、その前にそちらの誠意を見せて貰わなければならない」

「誠意とは?」

「1つ、朝鮮の2王子が咸鏡道の日本軍に捕らえられている。これを返還すること。2つ、日本軍が朝鮮

から先ず撤退すること。この2条を行なって貰えば、朝貢のことは許すとの勅定である」

普通は立腹するところだが、あくまで講和に執着している小西は怒らない。

「2王子は咸鏡道の主将である加藤の捕虜でござれば、拙者の一存では叶いません。また、朝鮮の各

道にはそれぞれ主将が任命され、拙者はこの平安道だけの主将でござる。拙者の一存でできるのはこ

こだけです。されば、この一道をかえし、大同江以南に撤退しましょう。それで承知ありたい」

今の惟敬の使命は和議をまとめることではない。小西を安心させ油断させることにあるのです。

「平安道一道だけか。それで誠意を見てくれとは、ずいぶん虫がよい。しかし、日本の誠意は別として、

貴殿の誠意だけは十分に見える。よろしい。何とかそれで骨をおりましょう」

などと、調子のよいことを言って、また帰っていった。



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sakura 20151228




                                  <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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