「軍事同盟の表の顔と裏の顔」 その3

『一番近い“敵”だった!?戦国武将の妻たち』

政略結婚は、軍事同盟に欠かせない手段として盛んに行なわれていた。

武将の娘に生まれた者は、便利な政治の道具として行きなければならない宿命を背負っていたのです。

お市の方(1547-1583年)
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政略結婚で嫁いだいった女性たちは、婚家と実家の紐帯の役割を担っていたが、それだけではなかった。

婚家の情報を実家にもたらす諜者的な役割もあったのです。

そのため夫は妻を愛していても、絶えず警戒を怠らなかったのです。

特に自分が城を留守にするような時は、厳重に注意したという。

「長曾我部氏掟書」には、親類といえども、妻のもとに男が立ちるのを禁じているほどです。

また妻は、夫の留守の間は神仏へのお参りも、各種興行の見物も許されない。夫の留守中に、何者かと接

触し、情報が漏れるのを恐れていたのです。

妻だけでなく、妻が連れて来た侍女たちも警戒された。彼女たちが城内の動性を探り、諜報活動をする恐れ

があるからです。

夫に客があるときも、妻はその場に顔を出し、対応することが許されない。これも妻のスパイ行為を警戒して

のことだったのです。

さらに、武将たちは妻のスパイ活動を警戒しただけでなく、妻の命を狙われることも用心しなければならなか

ったので、夫婦2人の時も刀を忘れないように、心を配っていたという。



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小谷城から臨む琵琶湖
od.20100324 小谷城 003



                            <参考文献:戦国武将おもしろ辞典(奈良本辰也監修)>
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No title

戦国武将の結婚は大変だったのですね。

一番、心が安らぐはずの家族。
絆を持つことが難しかったなんて...

緊迫した時代だったのですね。

ハーモニー さま

ハーモニーさん、こんにちは。

その昔は結婚式まで、顔を見ることはなかったとかいいますよね。

戦国武将は家族で食事するなんてなかったのではないでしょうか。
下級侍とか、町民は今のような、家族団らんの時間をとっていたように
おもいますが・・・。

テレビもないのですから夫婦の会話とか弾んで、今の環境より
良かったのかも知れませんね^^
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