『秀吉の大陸進出の野望』 その90

『第2次 晋州城攻略』

小西行長は釜山付近まで引上げて来ると、また朝鮮に帰って来た石田三成とともに名護屋に向かった。

増田長盛、大谷吉継、宗義智らも同行した。

講和のことについて、いろいろ秀吉を説得するためであった。

名護屋城大手門 (名護屋城登城記は「こちら」です。)
na.名護屋城大手門

小西らが帰国して秀吉に説いた結果、清正の捕虜となっていた朝鮮の2王子と高官らは朝鮮に帰される

ことになった。

秀吉の命令は、小西から清正に達せられた。

なんと殿下に申上げたことやら、和議は決して反対ではないが、この和議はどうもうさんくさいところがあ

る。

と、清正は不安ではあったが、命令である以上拒むことはできない。

「承知いたした」

と答えて、小西に引き渡した。

小西はそれを沈惟敬に引き渡した。

6月2日のことであった。

16の砦を築き長滞陣の支度を整えた諸将は、秀吉の命令に従い晋州城の攻撃にかかることになった。

これを最も心配したのは、小西であった。

小西は、これが進行しつつある和議が破れはしないかと恐れ、沈惟敬に向かって

「太閤は去年の冬、わが軍が晋州城を攻撃して失敗したのを無念として、この度これを猛攻撃せよとの

命令を下しました。拙者はこれを諫止しようと力を尽くしましたが、何分にも加藤清正という男がやたら勇

み立って色々と手荒なことを太閤に申しますので、太閤は拙者の諫言を聞いてくれません。今はもう阻

止の方法はありません。せめて城中の衆の命が助かる工夫をしたい。それには城衆全員が立ち退いて、

城をからにするのがよろしい。願わくは、このことを朝鮮側に勧めていただきたい」

小西さん、大丈夫なのでしょうか。




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