『秀吉の大陸進出の野望』 その90

『第二次 晋州城(しんしゅうじょう)攻撃』

沈惟敬は早速、朝鮮側に空城の計を勧めたが、朝鮮側はきかないで、ひたすら籠城の準備にかかった。

晋州城の攻撃が始まったのは、6月24日であった。

晋州城
si.晋州城

宇喜多秀家と毛利秀元が大将となり、加藤清正と小西行長が先鋒となり、黒田、浅野、小早川、吉川、島津、

鍋島、長曾我部、立花、蜂須賀、伊達、福島など総勢5万余りが押し寄せた。

晋州城は一方が大河、2方は山谷で、一方だけが平地で攻めるに難い要害であった。

「とうてい力攻めの出来る地形はない」

と軍議して、色々と工夫し、その結果、日本軍は現代の戦車に似た兵器を工夫して造った。

頑丈な木材を亀甲型の枠を組み、上になめし皮を幾重にも張り、下に車をつけたものであった。

中に20、30人が入り、城壁の際まで押して行き、石垣を掘り崩すのです。

この兵器は、黒田家の家臣・後藤又兵衛が発案したという説もあるという。

この兵器に対して、城中でも工夫をこらし、熱砂を撒きかけたり、松明を投げかけたりしたという。

幾日か繰り返している間に、黒田家が受け持っていた隅櫓の一角の大きな石が抜けると、すさまじい音がし

て上部の石垣が崩れ落ちた。

城内では驚きあわてながらも、松明を投げかけ、石を投げ下ろし、沸かしたての汁を注ぎかけた。

どうにも出来ない。

やがて日が暮れたので、引き取った。



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sakura 20160202



                               <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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