『秀吉の大陸進出の野望』 その91

『晋州城 落城』

翌6月27日の早朝から、また戦いが始まった。

昨日崩したところでは、黒田家の軍勢が攻め込もうとし、城中では必死に防御し火花の散る激戦が行なわれ

ている。

後藤又兵衛(1560-1615年) (後藤又兵衛の墓参りは「こちら」です。)
go.後藤基次

加藤勢はそれにかまわず、黒田家の攻め場から北東にある石垣の隅に、特別に堅固にこしらえた亀甲車を

寄せて、隅石に長鉄挺を入れこじった。

黒田勢との応戦のために城中が気をとられているのが幸いになった。

こちらを防ぐものは少ない。

「それ、崩れるぞ!」

百雷が落ちるばかりの音とともに、がらがらと石垣は崩れた。

真っ先に庄林、続いて飯田と森本がならんで走り上がる。

「一番乗り、加藤肥後守が家来、庄林隼人佐」

と名乗りをあげ、つづいて

「同じく加藤が家来、森本儀太夫、飯田覚兵衛」

と名乗って、清正の妙法の旗と馬印を高々とおし立てた。

加藤勢に一番乗りをされて、最も無念がったのが黒田勢であった。

新兵器亀甲車をつくり出したのも黒田勢、城壁の一角を先ず崩したのも黒田勢だったのです。

黒田家で最も有力な家臣は、後藤又兵衛基次です。

彼は黒母衣をかけたまま、ゆさゆさと駆け上って高所に黒田家の旗をおし立てた。

「三番乗り、黒田甲斐守が家中、後藤又兵衛」

と、大音声に呼ばわった。

日本軍が次々に攻め上がった。

敵の戦意はもうない。ただ逃げることだけであった。




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いつもありがとうございます。



pig 20160203




                                    <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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すごいなぁ

こんばんは。いつもお世話になっております。
この異国での一連の出来事は、とかく面倒なので飛ばしてしまいますが、ずーっと記事を拝読して学んでおります。
よくお調べになりましたね。すごいなぁ。

で、pigletくんはなぜそこに。
土や草のかほりを楽しんでいるのかしら?

つねまる さま

つねまるさん、こんばんわ~

朝鮮の役をテーマにした理由は、海外で暮らすサラリーマン
の方が、朝鮮における清正公の振る舞いについて問い合わせが
ありましたので、回答するのが面倒でしたから、記事にしました。

詳細な内容の問い合わせでしたので、きめ細かに記していたら
ホトホト疲れましたので、文禄の役で終わりにしたいと思って
ます^^

ということで、次の武将を物色しています^^

今年、初めての城訪問を里美八犬伝にしましたので
うさーずと一緒に春の南房総巡りです♪
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