『秀吉の大陸進出の野望』 その96

『朝鮮は和議反対』

朝鮮側でもこの和議を喜んでいなかったという。

和議は明の朝廷内の一部の人々が熱心に推進しているので、朝鮮側としては徹底的に日本軍を撃破して

退けてもらいたいのです。

日本軍が優勢である現在、和議など結んでは朝鮮にとって不利になること相違ないと、大反対であったとい

う。

朝鮮側は単独に、また明軍の和議反対の将軍らと結んで、和議を壊す運動をはじめた。

行幸橋の清正公
ka.加藤清正像 002

彼らは加藤清正と小西行長が不和であることを知って、ここにクサビを打ち込むことを考えた。

次に、清正が豪勇無双で、在韓の諸将中最も強いことに目をつけ、それを利用して策を施すことを考えてい

る。

小西との不和を利用するために、朝鮮では惟政(いせい(松雲大師))という法師武者を清正の陣中に遣わ

して、秀吉の講和条件を尋ねさせた。

清正は、講和条件は既に明廷に提示してあると信じ込んでいるから、隠そうとは思わない。

しかじかである。と、7条件を全部告げた。

すると、惟政は言う。

「小西が明廷に示している条件はこんな厳しいものではないと聞いています。これでは、とうてい明廷は聞き

入れませんぞ。聞き入れる筈がない」

惟政の言葉を聞いて、清正は思ったとおりだ。小西の和議工作には欺まんがあると思った。

「小西は何と明廷に申しているのでござるか」

「小西は同姓の小西飛騨守如安と申すものを北京に遣わしていますが、如安の言うところははなはだ穏やか

で、太閤を日本国王に封じて貰いたいというのが一つ、朝貢したいというのが一つ、この2つに過ぎません。将

軍の今申された7条件のような激烈なものはどこにもありませんぞ」

惟政の語気には嘲弄の気味があった。

清正は目を見開き、惟政(いせい)を凝視して言った。

「貴僧が申されることは信じる訳にはまいりません。われらが今提示した7ヵ条は太閤の命でござる。これに

外れる講和条件などあろう道理がござらぬ」

きっぱりした言葉であった。



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清正公の熊本城 (左から宇土櫓(現存)、小天守、大天守)
熊本城 20150501 013



                                    <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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