『秀吉の大陸進出の野望』 その104

『増田長盛という男』

7月28日、清正は大坂に着いた。

清正は大坂で、秀吉が自分に機嫌を大変悪くしていると知って、胸を痛めはしたが、顧みて恥じることは

ないので

「人間は真心が通らないことは決してない。まして、おれには妙経の加護がある」

と信じて、淀川をさかのぼって伏見に向かった。

増田長盛(1545-1615年)
ma.増田長盛

清正は3奉行の石田三成、大谷吉継とはかねてより合わなかったが、増田長盛とは仲が良かったので、

増田に取り成しを頼もうと増田の屋敷に向かった。

互いにあいさつが済んだ後、清正は

「お願いと申すのは余の儀ではござらぬ。定めしご承知のことと存ずるが、拙者の今度のご召喚は、殿

下が拙者に対して、ご不審のことがおわしてのことと聞きました。拙者は出陣以来、殿下のお旨をかたく

守り、いささかも違反はしていません。天地に誓い、神明に誓っていつわりござらぬ。拙者のために、そ

れをお取り成し拝顔出来るよう、おはかりくだされたい」

増田はうなずきながら聞いていたが、言う。

「お頼みの次第は、貴殿のお心次第でたやすくかなうことです。貴殿が治部少(石田三成)とお仲直りさ

えなされば、それでわけなく済むのです。明日にも拙者が治部少へ話してみましょう。それ以外には方法

はありませんぞ」

聞いているうちに、清正はむらむらと腹が立った。人もあろうに石田と仲直りせよという、石田こそ小西の

人形使いではないか、讒言の大本ではないか、そいつに屈服せよというのかと、怒りが胸先につき上げ

てきた。

「八幡!」

と、清正は絶叫した。



pig 20160226



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                                 <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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