『秀吉の大陸進出の野望』 その116

『たぬきの家康』

秀吉政権は考えてみると、磐石なものでなかったのです。

秀吉が、大仏殿造営、北野天満宮大茶会、金銀配り、豪華雄大な城や邸宅の造営、そして最後に外戦と

いう、やたらに派手なことばかりしたのは、その弱体をカバーして人の心を引きつけるためのものであった

と思われます。

徳川家康(1543-1616年)
to.徳川家康

また、名護屋にいる時、明の皇帝の使者だというふれこみで明人らが来たとき、この明人らの接待役を家

康と利家に命じている。

この時代の2大長老である2人に特に命じたのは、秀吉が和議を切望していた証なのでしょう。

利家は正直な人で、人を疑いの目をもって見るのは男らしくないと信じる人だから、ほんとに明の皇帝から

遣わされた使者と信じきって、歓待したという。

しかし、家康は海千山千の男です。

「ニセ者じゃわ。元来の身分も低い下っぱの青二才よ」

と、直ぐ見抜いたが、知らんふりでいた。

秀吉が騙されることは、その器量を下げることであり、それは自分の値打ちを上げることだからです。

丁重にもてなしした。秀吉の機嫌を損ねないことは必要だから。

こんな家康です。

和議問題について、石田三成一派と清正が意見を異にして揉み合うことは、非常に望ましいことであった。

こじれに拗れて、ますます外戦が泥沼に嵌まり込み、秀吉の人気が益々下落し、ついに勢力を失落すれば、

この上ないことなのです。



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いつもありがとうございます。



sa-ko 20160322



                                  <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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たぬきめー!

こんにちは。いつもお世話になっております。
家康たぬきと、利家や清正を見ていると、現代の会社などでもそれぞれに似た人がいますねー。
頼りになるのは、シャクだけど家康ですね。うーむ。

お嬢様、どなたのかほりがしますの?

つねまる さま

キャー、ダブルでありがとう! つねまるさん ゜.+:。(●っゝω・)っ~☆

> 頼りになるのは、シャクだけど家康ですね。うーむ。

ビジネス研修に登場する人物ですから、奥が深い人ですよねー。
豊臣の世を豊臣の臣下を使って、わが世にした人ですから凄い人だったのでしょう。

必ず、いますねー。こわっぱ家康。

> お嬢様、どなたのかほりがしますの?

みんなで自分のマーキングしていますから、複雑なかほりなんでしょう。
お嬢に、お気に召したコロンでもプレゼントすると喜びますね☆
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