賤ヶ岳七本槍の筆頭「福島正則」 その1

『天下取りに貢献』

福島正則は豊臣秀吉と従兄弟関係にあり、その縁で幼くして秀吉に仕えていた。

この頃の秀吉は、すでに織田信長軍団ののなかで存在感を大きくしており、若い正則も重要な合戦の多く

に参加。

優れた武才を発揮して、次々と戦功をあげる。

福島正則(1561-1624年)
fu.福島正則

特に、秀吉と柴田勝家が織田家の後継者をめぐって戦った「賤ヶ岳の戦い」では、一番槍に一番首という

活躍を見せ、秀吉方で功名をあげて「賤ヶ岳七本槍」の筆頭という名誉を受けている。

その後も四国、九州、小田原、そして朝鮮に至るまで、主君・秀吉のためにどこへでも赴き戦っている。

豊臣政権の繁栄は、正則にとっても半生をかけた大仕事であった。

そんな正則には、どうしても馬の合わない人物がいた。

豊臣政権の五奉行のひとり、石田三成です。

秀吉の家臣同士でではあったが、武をもって正義とする正則は、知謀の将・三成を憎んでさえいた。

秀吉が没して従うべき存在がいなくなってしまうと、いよいよ2人の確執は激しさを増した。

特に正則の憎しみは凄じく、失敗に終ったものの三成の屋敷を襲撃するほどであった。

やがて三成を失脚へと追い込むと、徳川家康に接近し、「関ヶ原の戦い」が起こると家康に味方することを

公言。

東軍の先鋒として自慢の武勇を見せつけ、三成の西軍を壊滅に追い込む。

こうして念願の三成打倒を果たした正則であったが、結果として徳川の家臣となり、かつて尽くした豊臣家と

敵対する存在となっていく。




ランキングに参加しています
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

いつもありがとうございます。



福島正則の関ヶ原陣所跡
se.関ヶ原 福島正則陣所跡



                              <参考文献:戦国武将がよくわかる本(編集者:レッカ社)>
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

piglet01

Author:piglet01
Piglet01のブログへようこそ!!


平成26年6月30日に100城を制覇しました!

城郭ライトアップの撮影にチャレンジします。


「日本百名城塗りつぶし同好会」にも参加しています。

会員番号:908です。

日本百名城塗りつぶし同好会

パーソナルURLは、「リンク」の「日本百名城塗りつぶし同好会」からお願いします。


*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



ランキングに参加しています

人気ブログランキングへ







20140816 郡上おどり 002-1
I LOVE 郡上おどり













最新記事
カテゴリ
FC2カウンター
リンク
月別アーカイブ