鉄甲船で毛利水軍を破った「滝川一益」

『本能寺の変を堺に運命が急変』

滝川一益の出目については諸説ありますが、近江国甲賀の土豪・滝川資清の次男として生まれたという

のが通説のようです。

滝川一益(1525-1586年)
ta.滝川一益 2

一益は当初六角氏に仕えたが、尾張で織田信長が台頭してくると、信長に仕えるようになった。

信長に早くから才能を認められた一益は、伊勢・北畠氏との戦いで功績をあげ、長島城主となった。

この後、三方ヶ原の戦いや伊勢・長島の一向一揆討伐、長篠の戦い、石山合戦などに従軍して戦功をあ

げたが、特に石山合戦では鉄甲船を仕立てて毛利水軍を撃ち破り、石山本願寺への輸送路を断ったこと

で、信長から賞賛されている。

信長が武田氏を滅ぼすと、一益は信濃と上野(群馬)を任されるが、この直後に本能寺の変が起きて

信長が横死。

信長が死去すると、これに乗じた北条氏の軍勢が上野に侵攻してくる。(真田丸でやっていましたネ)

一度は北条軍を押し戻した一益だったが、再度侵攻を受けて大敗し、やむなく伊勢の領国へ撤退した。

この撤退のために一益は信長の弔い合戦も参加できず、豊臣秀吉の命令で、信長の後継者を決める

話し合いであった「清洲会議」への出席もできなかった。

この後、一益は秀吉と対立した柴田勝家に味方し、信長の家臣としての意地を見せるも敗北して降伏。

秀吉と家康が争った、小牧・長久手の戦いの後に出家して茶道にいそしみ、秀吉を招いて茶を振舞って

いる。

肩肘を張っていた一益も、出家して心穏やかになったのでしょう。



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sa-ko 20160331



                      <参考文献:戦国武将がよくわかる本(編集者:レッカ社)>
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こんにちは

今月も宜しくね

最近お城ばかり出かけているように思います

3月は大阪城、姫路城、和歌山城、大和郡山城址です

花とお城が見たくて行ってます。

wakasaママ さま

wakasaママさん、こんにちは。

> 最近お城ばかり出かけているように思います

拝見しています^^

> 3月は大阪城、姫路城、和歌山城、大和郡山城址です
> 花とお城が見たくて行ってます。

いずれも桜が綺麗なお城ですね☆

桜といったら、畿内では秀吉が花見の宴を催した「醍醐寺」の桜が一番だと
思っています。
近隣ですから、ぜひ行かれてみてください。
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