戦国最大の名誉挽回劇を演じた「仙石秀久」その1

『秀吉配下で出世街道を突き進む』

美濃の豪族出身の仙石秀久は、はじめ斎藤家に仕えていたが、斎藤家滅亡に伴い織田信長の家臣と

なった。

斎藤家臣時代に目立つ活躍はなかったが、長身で筋骨隆々という秀久の勇猛な姿は、信長に気に入ら

れたという。

仙石秀久(1552-1614年)
se.仙石秀久

家臣のなかで台頭著しい豊臣秀吉の下につくと、秀久は徐々に才能を開花させていった。

織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍が激突した「姉川の戦い」での活躍を皮切りに、秀吉に従軍した

「中国討伐」でも次々と城を落し、秀吉の出世に大きく貢献。秀久に任せておけば安心と、全幅の信頼を

おかれるようになる。

1582年、信長が本能寺に倒れ、秀吉が天下取りに動き出してからも、秀久がその立場を変えることは

なかった。

本能寺の変の首謀者・明智光秀に味方した豪族を討伐する任務をこなし、秀吉が柴田勝家と争っている

あいだは、四国で反抗の意思を表した長曾我部元親を抑えていた。

秀久はこの戦いで何度となく劣勢を強いられたが、長曾我部軍が海を渡ることだけは許さなかったため、

秀吉は勝家との戦いに集中できたのです。

この功績を称えられた秀久は、淡路で一国一城の主に昇進。

秀吉の部下のなかで最も早く大名にのぼり詰め芽、順風満帆な出世街道を歩んでいった。



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pig 20160407



                           <参考文献:戦国武将がよくわかる本(編集者:レッカ社)>


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懐かしい

今にも郡上踊りのお囃子が聞こえるようです。
懐かしいですね。
もう、何年も踊りには参加しておりません。

春駒 さま

春駒さん、こんにちは。

郡上踊りのお囃子が最高ですね!
徹夜踊りは混雑しすぎですし、宿を取るのが難しいですね。

昨年は、青山の郡上おどりでごまかしました^^
お囃子は郡上から来ていただいているので、同じなんですよ。
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