戦国最大の名誉挽回劇を演じた「仙石秀久」 その2

『鈴鳴り武者』

四国征伐でも期待どおりの活躍を見せた仙石秀久は、1586年の九州征伐の総大将の任を受けた。

敵は九州に一大勢力を築き勢い盛んな島津家で、その大将は家中きっての戦略家・島津家久です。

ライトアップの小田原城 (登城記は「こちら」です。)
od.小田原城 001

秀久には敵の戦力が少ないように見え、そして秀吉不在のこの戦いで勝利すれば、さらに武功をあげること

ができると考えたのでしょう。

部下の進言を無視して突撃したが、これは島津家久の罠。

あっという間に包囲され、大敗を喫してしまった。

しかも、あろうことか総大将の秀久が真っ先に逃げ出すという始末。

この失態に、当然のごとく秀吉は激怒した。

積み上げてきた信頼はあっけなく崩れ、追放処分を受けた秀久は地位も名誉も失った。

その後、しばらくは寂しく過ごしていた秀久だったが、ようやく名誉挽回のチャンスが訪れます。

徳川家康の口利きによって、小田原征伐に参加できるようになったのです。

もっとも、秀吉に許された訳ではなく、ここで活躍できなければ後はない。しかも誰もが認める戦功をあげ

る必要があり、決死の覚悟の秀久は、陣羽織全体に鈴を縫い付けて出陣した。

体を動かすたびに鈴が鳴ることで、敵からは格好の標的にされる。それでも次々と襲いかかる敵を退け、

あえて守備の厚い場所へ先陣を切って突破口を開いていった。

この姿は「鈴鳴り武者」と称され、秀吉軍の小田原征伐も成功。功績を認められた秀久は九州での失態を

許され、ついに大名の座に帰り咲くことができたのです。



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いつもありがとうございます。


sakura 20160412




                        <参考文献:戦国武将がよくわかる本(編集者:レッカ社)>
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ぴくぴくっ

こんにちは。いつもお世話になっております。
仙石秀久・・・ぴくぴくっ(-_-#)
十河存保を無駄に死なせたとかいろいろと思うと、うーんな人ですが、彼は彼で、必死ではあったんですね。

Sakuraさん、向きがおかしくてよ。四角くなってますわよ。

つねまる さま

つねまるさん、こんにちは。

そう、そう、戸次川の戦いで十河存保を犬死させてしまいました。クスン

この時、讃岐高松城主だったのですね。
普通はここで自害なのかも知れませんねー。
乗客より先に離船する最近の船長さんと同じでです。困ったものです。

> Sakuraさん、向きがおかしくてよ。四角くなってますわよ。

sakurahaは、外出が嫌いなようで、帰りはいつもブーぶーと声をだして
います。まるでブタさんです><
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