戦国最大の名誉挽回劇を演じた「仙石秀久」 その3

『より大きな成功の扉をあけた秀久』

戦国の世で、失態から転落した武将が、その地位を回復した例は殆んどいません。

まして秀久は負け戦を招きながら自分だけ逃げ出したことで、臆病者のレッテルまで貼られていたのです。

それを壮大なパフォーマンスと自らの力によって、勇猛果敢な生き様を取り戻したのです。

小諸城 (小諸城登城記は「こちら」です。)
ko.小諸城 002

原動力となったのは、出世への執念か、秀吉への忠義なのか。いづれにしても、最後に信じたのは秀久自

身の力だけであったのです。

秀吉亡き後は、小田原参陣の恩もある家康に近づき、秀忠をサポートする役目に就いた。

後に家康の天下が訪れると、小諸藩の初代藩主に任命され、秀忠か将軍になってからも絶大な信頼を得、

63年で没するまで、秀忠から破格の待遇を受けたという。

小諸城といったら、秀忠が上田城攻めの時に、投宿した城ですね。

もし秀久が秀吉の下で成功を続けていたなら、関ヶ原の戦いでは家康と敵対関係にあったかもしれず、晩

年は違っていたのでしょう。

そう考えれば、秀久は死に物狂いで失敗を乗り越えたことで、より大きな成功への扉を開いたともいえるの

でしょう

仙石秀久は、好き、嫌いで意見が別れる武将かも知れません。



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                            <参考文献:戦国武将がよくわかる本(編集者:レッカ社)>
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