実名より「号」で有名になった武将たち

『家康は今川義元に尊重されていなかった』

戦国武将は、官職名のほかに「号」で呼ばれるケースも多いものです。

有名なところでは、細川藤孝の「幽斎」。

秀吉の軍師として活躍した黒田孝高の「如水」。信長の弟で千利休の弟子でもあった織田長益の「有楽」

などがある。

黒田如水(1546-1604年)
ku.黒田官兵衛

この織田有楽斎如庵が、江戸で屋敷を拝領していた地が、現在の有楽町です。

そのほか、北条早雲、武田信玄、上杉謙信の「早雲」、「信玄」、「謙信」も出家後の号なのです。

信玄の実名は晴信ですが、今ではすっかり信玄という号が有名になってしまい、晴信のほうは殆んどお目

にかかりません。

謙信も同様です。

謙信は、実名を3回変えています。はじめが影虎、次に政虎、最後に輝虎です。

輝虎の“輝”の字は、室町幕府第13代将軍の足利義輝が、謙信に与えたものです。

このように、将軍あるいは大名などが、功臣や元服を迎える者に、自分の名を一字与えることを「偏諱(へん

き)を賜う」といいます。

宇喜多秀家、織田秀信、家康の二男・結城秀康の“秀”は、みな、秀吉から与えられたものです。

一般に元服は、主筋にあたる者が烏帽子親(仮親)となって、烏帽子と諱(いみな)の一字を授ける。

烏帽子子(元服をする者)を尊重すれば諱の上の字を、そうでなければ下の字を与えていたという。

家康は今川家の人質となっていた1556年の正月に今川義元の前で元服していますが、その際に与えられ

た諱は、“義”ではなく“元”だったのです。(→松平元信)

このことから、当時、家康はあまり尊重されていなかったことが想像されます。



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pig 20160417






                           <参考文献:戦国武将おもしろ辞典(監修奈良本辰也)>
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