大坂の陣 その4

『家康の罠に嵌る豊臣家』

片桐且元は、かつては助作と呼ばれ、若年においては「賤ヶ岳の七本槍」の一人に数えられるほどの武功

をあげていた。

片桐且元 (1556-1615年)
ka.片桐且元

しかし、清正や正則が出世の階段をトントン拍子に昇ったのに対し、その後は振るわず、秀吉の死後、よう

やく豊臣家の家老として、身の置き所を得ていた。

家康は、はじめ且元に会わず、ようやく最後通告として突きつけた豊臣家延命策が

① 秀頼の江戸参勤

② 人質として淀殿を江戸に送る

③ 秀頼の大坂城退去と国替え

のいずれか、という豊臣家にとってとうてい承服できないものであった。

一方、交渉が思わしく進まないとみた淀殿は、且元の他に、自身の乳母であり、城内主戦派代表格・大野

治長の母である大蔵卿局と秀頼の乳母の正栄尼を送った。

家康は、すぐさま機嫌よく引見し、秀頼はじめ、豊臣家になんら害意のないことを吹き込んだ。

且元に述べたこととは、まったく違う。明らかな二枚舌であった。

豊臣家は翻弄され、まんまと罠にはまった。

且元は、家康の手先とみなされ、主戦派の反対で失脚し、大坂城を退去する。

これによって東西の手切れが決定的となり、豊臣家は、徳川氏と断交、交戦状態に入ることになった。



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                       <参考文献:戦国武将おもしろ辞典(監修奈良本辰也)>
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No title

おはようございます。
三国志もですが、日本の歴史も面白いですよね。
ひょうげものや風雲児たちなどを読むと歴史の主役ではなく
脇役の活躍も読めるので楽しみにしています。

neneshiba さま

neneshibaさん、コメントありがとうございます。

日本の歴史と違い、三国志はいいですね!
少しむずかしいところもありますが・・・。

> 脇役の活躍も読めるので楽しみにしています。

これがいいです!
家臣あっても武将ですからね。
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