真田丸 その17

『昌幸の手紙』

昌幸が死ぬ少し前に信之の老臣らにあてた手紙が残っています。

「自分は去年の病気が再発して散々の体である。困惑の程を察してもらいたい。蔵人(昌幸の4男・内匠昌

親)の持ち馬の中から、ヒズメも良くカンも良い馬を貰って急ぎ送ってもらいたい。折々を見て病中の慰みに

したい」

真田昌幸(1547-1611年)
sa.真田昌幸 003

馬は届いたのでしょう。

病床に起き上がり、庭で引かせた名馬を眺めている病んだ敗残の老将の姿を想像すると、男の涙みたいな

ものを感じてしまいます。

昌幸が高野で朽ち果ててしまうことになろうと思っていたことは、高野に行った翌年の1600年の正月に旧家

臣に出した書状の中に

「年も明け候間、われら下山の儀も近づき候はんと満足せしめ候」

とあり、また1603年3月に真田郷の信綱寺の住職・順京に出した書面にも

「この夏には大御所が駿府から江戸に行くという風聞があるが、その時には本多正信が自分のことを大御所

に話してくれると思う。赦免になったら上田にかえってお会い出来る」

と書いていることで明らかです。

しかし、これも初めのうちだけのことで、時が経つにつれ赦免のことは望みを絶ったのでしょう。



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いつもありがとうございます。


ue.20100529 上田城 009




                                <参考文献:武将列伝(海音寺潮五郎薯)>
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No title

こんにちは〜
サスケへのお祝いコメントありがとうございました(〃∇〃)

大河ドラマを((o(´∀`)o))ワクワクしながら観てるので
piglet 01 さんのブログも分かりやすく
楽しみにしていま〜す(*´∀`)

じぶんの最後をわかって
きちんとやる事をやるって
スゴい人ですね。

ようニャン さま

ようニャンさん、こんにちは。

サスケさんは、今後も医者要らずで過ごされてください!

大河ドラマ見られていますか。 草刈さんの好演で人気があるようですね^^

> piglet 01 さんのブログも分かりやすく
> 楽しみにしていま〜す(*´∀`)

真田丸での戦いに時間を使いたく、早すぎて、もう昌幸さんが死んでしまします><

> じぶんの最後をわかって
> きちんとやる事をやるって
> スゴい人ですね。

戦国時代に人たちって、自分の死ぬ時期と場所を決めていたような気がしています。
日々、緊張した生活をしていたのでしょうから、人生の充実感があったのでしょうね。
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