出羽国米沢藩第9代藩主・上杉鷹山 その1

『政治の根本は儒学』

朝鮮の役、大坂の陣と合戦を記事にしてきましたので、方向を変えて名君と呼ばれている人を勉強して

みたいと思います。

初回の名君は戦国時代から少し離れてしまいますが、米沢藩・上杉鷹山です。

上杉鷹山(1751-1822年)
ue.上杉鷹山

江戸時代の大名で、名君といわれた人の政治の根本は儒学です。

儒学で説いている古代の聖天子堯(ぎょう)・舜(しゅん)・禹(う)等のような政治を領内に布くことを理想

としたのです。

そのような聖天子が現実的にいたか、いたにしてもほんとに理想的政治が行われていて、万民鼓腹して

いたのか疑問ですが、江戸時代は違います。

学者といわれる人々でも、疑いを抱く者もいなかったので、殿様たちも信じきって一生懸命努力して、名

君といわれるほどの業績を残せたのです。

江戸時代の中期になると、名君といわれるほどの人々の仕事は、単に領内に善政を行うというだけでは

なく、藩を財政難から救うという仕事が何よりも大事なことであったのです。


超高速参勤交代という映画(小説もあり)を見られた方も多いと思いますが、弱小大名の財政難を取上げ

た映画でした。

財政立て直しとなると、単に儒教の教えだけではいけません。

肥後熊本藩6代藩主・細川重賢が独裁権力を打ち立て、スパイ政策を採用することによって、下民と直結

するとともに、益々その独裁権を採っています。

これは最も普通な方策で、加賀5代の前田綱紀も、8代将軍・吉宗もこれで成功しています。

独裁権の確立とスパイ政策の2つを加味して、儒教の精神を行うということが、江戸時代の名君といわれ

た人々の手法であったのでしょう。

しかし、上杉鷹山は違っています。彼は純なる儒教の方法を貫いているのです。




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いつもありがとうございます。



pig 20160513


                                    <参考文献:覇者の条件(海音寺潮五郎薯)>
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いいですねぇー

上杉鷹山、好きです。
今後のお話し楽しみにしてますね。
次は山田方谷なども取り上げて
みて下さい。

ちゃんたかぶくろ さま

ちゃんたかぶくろさん、こんにちは。

いつもありがとうございます!

鷹山さんは、人気ありますよね。
わたしは初めて勉強する人です。米沢城で銅像をいつも見る人なんですけどネ。

> 次は山田方谷なども取り上げて

幕末の人のようですね。
機会があったら勉強してみたいと思います。
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