出羽国米沢藩第9代藩主・上杉鷹山 その8

『江戸料理で手伝い普請対策』

鷹山が説得するも、重臣らは受け入れようとしません。

米沢城(米沢神社)
yo.米沢城 011

隠居・重定は、隠居後は米沢にいましたが、これを聞いて、重臣らを召して

「その方どもの言うことも道理でだが、館(藩主)が江戸でふれ出してすでに実行しているものを、

国もとでは受け付けませんとあっては、館の威光にもかかわる。よし。しからば、わしが本丸に出

て、館に代わって申し渡すことにする」

と言って、本丸で申し渡した。

重臣らは、恐れ入って従ったが、芋川正令だけは、わしは飽くまでも不服じゃ。と言って出て来な

かった。

この大倹約によって財政を立て直そうとの政治が始まったが、老臣らが鷹山を軽蔑しきっていて、

何かと邪魔をするので随分やりにくかったという。


一方、江戸での諸大名はお留守居という外交官を江戸に駐在させていたが、そのお留守居の主た

る任務は、老中や用人に取り入って、手伝い普請がこないようにすることにあった。

そのため、お留守居には豊富な運動資金が与えられ、進物、饗応などをしていたのです。今の言葉

で言えば社用族ですから、金に糸目をつけず、ぜいたくな宴会などを開いていたのです。

これらの宴会の江戸料理は、お留守居の人たちが作り出した料理だったのです。

今日、江戸前の料理といえば、にぎり寿司やおでん、蕎麦くらいしか残っていないのでしょうが、

こんな料理は街頭料理で、ガテン系の人のものだったのです。

本当の江戸前の料理は、八尾善などの一流料亭の料理で、その殆どは江戸とともに滅んでしまっ

ています。



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pig 20160520




                      <参考文献:覇者の条件(海音寺潮五郎薯)>
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No title

初めまして。
そちらの方から上杉鷹山は、ハーブを植える事で飢饉の備えとする他、官民一体となっての産業改革を行うことで藩の財政を救った稀代の名君であると伺っておりましたが、色々と御苦労なさったんですね。

寿司については・・・まあ、当時は寿司と言えば、鯖の押しずしですね。
蕎麦に付いても、最初はうどんの紛い物として作られたと伺っております。

山田 さま

山田さん、こんにちは。

いつもありがとうございます!

鷹山公は江戸時代の屈指の名君として有名ですよね。
ご指摘のように、産業振興と財政支出半減で3代後には借財がなくなっているようです。

蕎麦は、うどん粉ですか。
これは、うどんとの違いが想像しにくいですが、食べてみたいです♪

度々すみません

関東は土地がやせてて麦が育たなかったので、ソバを使って麺を作ったのが蕎麦の始まりと伺っております。
まあ、落語で聞きかじった話ですので、何処まで本当かは分かりませんが。(笑)

山田 さま

山田さん、こんばんわー

いつもありがとうございます!

そうですよね。
土地が痩せているいるところでも蕎麦は収穫できるそうですね。

> まあ、落語で聞きかじった話ですので、何処まで本当かは分かりませんが。(笑)

これは、確かな情報が多いのではないでしょうか´´
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