真田丸 その22

『豊臣家からの誘い』

信繁は、なお九度山に籠居していたが、1614年、東西の間か険悪になり、豊臣氏はさかんに浪人

を召し抱え、名のある浪人へ秀頼の名をもって招いた。

九度山へも大野治長が秀頼の意を伝えて来た。

真田庵
真田庵 006

豊臣家に対してそれほどの義理を感じていたとは思われませんが、(大河では義理ありになって

いますよね)武士には武士の意気地がある。

もう一度、徳川家に一泡ふかせてやりたいという気もあったでしょうし、また、武士として一花咲

かせたいという気持ちもあったでしょう。

豊臣家が勝利し、恩賞で一国一城の主となることが出来ればこのうえないが、こと敗れても一軍を

率いて采配をとって天下人徳川氏を相手に決戦すれば、それでも武士の花は咲くのです。

こういう場合、成功の時の恩賞を約束させるものでありますが、信繁にどんな墨付きが渡されたの

でしょう。

これについて、良書に書かれたものはないようですが、大坂陣休庵咄(ばなし)に、「50万石の約

束で籠り申し候」とあるという。



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真田庵正門の六文銭
真田庵 005





                       <参考文献:武将列伝(海音寺潮五郎薯)>
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