肥後の鳳凰 肥後藩・細川重賢 その2

『重賢・54万石の太守に』

下手人探しが始まって、大広間の厠の戸をひとつ、ひとつ開けると、そのひとつに一人の武士が

真っ青な顔に血走った目をして立ちすくんでいるのが見つかった。

引きずり出して調べてみると、寄合(3千石以上の非職の旗本)坂倉勝該であることがわかった。

江戸城大手門
大手門現在

かねて本家の板倉勝清に恨みを持っていたので、用便中を斬ったというのです。

人違いで斬ったのですが、本人はそう思っていない。大変な災難でした。

細川宗孝は急所の痛手から、まもなく絶命した。

殿中で変死したとあっては、家断絶、封地公収というのが規則ですが、この頃はまだ8代将軍・吉

宗が大御所として政治の実権を握っていたので、宗則は生きていることにして、人参湯と湯漬の

飯を下賜し、殿中まで乗物を入れることを許し死体を屋敷に運んだ。

細川家では2日経って、死亡届を出します。

幕府は、宗孝はかねての弟・紀雄を仮養子として届け出してあったので、紀雄を家督にすることを

許したので、細川の家中を安心させた。

同時に下手人の板倉勝該には切腹を命じ、その家は改易した。

紀雄は11月に正式に家督相続が許され、将軍の名の一字を授けられ重賢と改名した。

重賢28歳の時です。

仮養子というのは、当主にまだ子供がない時に仮に立てて養子としておき、実子が生まれれば廃

せられる制度ですが、重賢は兄の不幸が幸いとなって54万石の太守となったのです。




ランキングに参加しています
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

いつもありがとうございます。


江戸城で遊ぶpiglet  *メチャ腰が引けています
pig 20160612


                       <参考文献:覇者の条件(海音寺潮五郎薯)>
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

用足し中ですか

こんにちは。いつもお世話になっております。
ずびばでん、鼻炎がひどくて頭がぼーっとしております。冷房と外気の差が辛い季節になります。

ご用を足してる時にとは、お気の毒な。
ほんとにまぁ、なんと言ったらよいのやら。
pigletくんも、気をつけて~!

この高さ、うさぎさんには空の彼方のように感じるかもしれませんね。

つねまる さま

つねまるさん、こんにちは。

急遽、福岡に行ってましたので、返信が遅くなってしまいました。
申し訳ございません。

デリケートなんですね。
室内と外気の温度差がありすぎるとよくないといいますから、注意
なさってください。

> ご用を足してる時にとは、お気の毒な。

用を足している時を襲うなんて、武士の風上におけない奴ですね。
しかも人違いをするなんて、細川さんがかわいそうです。

> この高さ、うさぎさんには空の彼方のように感じるかもしれませんね。

高い所と水は苦手のようですよ。
プロフィール

piglet01

Author:piglet01
Piglet01のブログへようこそ!!


平成26年6月30日に100城を制覇しました!

城郭ライトアップの撮影にチャレンジします。


「日本百名城塗りつぶし同好会」にも参加しています。

会員番号:908です。

日本百名城塗りつぶし同好会

パーソナルURLは、「リンク」の「日本百名城塗りつぶし同好会」からお願いします。


*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



ランキングに参加しています

人気ブログランキングへ







20140816 郡上おどり 002-1
I LOVE 郡上おどり













最新記事
カテゴリ
FC2カウンター
リンク
月別アーカイブ