肥後の鳳凰 肥後藩・細川重賢 その4

『先制パンチ』

重賢は領主となった翌年の夏に熊本に帰った。

老臣一同が花畑屋敷の門前に整列して出迎えています。

熊本城南大手門
20130707 熊本城 002

江戸時代の家柄による家老は、創業の功臣の子孫、あるいは一門の者の子孫であり、なかなか重々

しいものであったが、それだけ放慢でもあり、重賢のように仮養子からいわば横滑りして家を継い

だ者に対しては、軽んずる風があったのです。

この時の老臣らの重賢を迎える礼儀にも、それが見えていたという。

老臣らにしてみれば、はじめ軽くあしらっておかなければ、将来おさえられることになると思った

のでしょう。

が、重賢の方にしても、はじめが大事です。

くじいておかなければ、将来どう圧迫して来るかわかりません。重賢は駕籠を止めさせ、声高く叱咤

した。

「その方ども、その礼のしようは何事だ!主人に対する礼儀を知らぬと見ゆる。今一度しなおせ!」

冷や飯食いの次男坊から思いもかけず太守になって、恐悦しているであろうとばかり思っていた重賢

が、この厳然たる態度に出たので、老臣らは恐懼狼狽、地に伏せんばかりに、改めて礼をした。

重賢は

「そうそう、そうあるべきだ」

と言って、駕籠を進めて、玄関で駕籠を降りると、一門の長岡内膳を見て

「これを持て」

と佩刀を渡して、悠々と奥へ入ったという。

堂々たるこの態度に老臣らは肝をひしがれ、恐れたことは言うまでもありません。

これは英雄的機略というものです。

重賢は藩政を立て直そうとの抱負をもって襲封したのですが、それには先ず独裁権を確立する必要

があるので、先ず、先制パンチを加えたのです。



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踏んばっている飯田丸5階櫓
ku.熊本城 20160414 地震10


                   <参考文献:覇者の条件(海音寺潮五郎薯)>
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No title

お邪魔します。
空の色も相まって
素敵な光景になってますねえ(^_^)

ジャム さま

ジャムさん、こんにちは。

いつもありがとうございます。

お城には青空が一番いいですね。
でも、この光景に早く救いの手を差し伸べることができない
ものでしょうかね。

☆〇〇〇 さま

☆〇〇〇さん、こんにちは。

本当に痛々し過ぎますよね。
もう床も落ちかかっているようです。

今日のニュースで、やっと救助作業が開始されたと報じていましたが、
崩落の前に救助して欲しいものです。

今週前半に、福岡まで行きましたが、熊本まで足を伸ばせませんでした。
崩落した石垣を見るに堪えない気がしまして・・・。
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