肥後の鳳凰 肥後藩・細川重賢 その5

『重賢の訓論書』

重賢は、藩主となった年の12月に5ヵ条からなる訓論書を出しています。

一.今後、身分にかまわず、政治に気づいたこと、思いついたことがあるなら、封書をもって言上

 せよ。

言路を開いた訳ですが、これは単にそれだけでのことではありません。主たる目的は独裁権の確立

にあったのです。

細川重賢(1721-1785年)
ho.細川重賢 002

独裁者は下々と直結しているという立場に立って、重臣群と対立し、これを制圧する必要があるか

らです。

8代将軍・吉宗は紀州家から入って将軍になり、独裁権を確立して善作を敷き、幕府財政を立て直

し、家康の再来とまで謳われた人ですが、目安箱の制度を創設しています。

幕府評定所の前に箱を置き、庶民の訴えを直接聞いたのですが、狙いは庶民との直結にあったので

す。


二.藩は財政困窮して、諸士は数年の間上知を命ぜられ、百姓は租税の先納、課役等があって、

 みな難儀している。気の毒である。救ってやりたいが、一時にはなりがたいから、軽い者から先

 ず救うことにする。

三.右のような場合であるから、屋敷の新築、大修理などは手控えて、大事に使って辛抱するよう。

 しかしながら、いかに困窮しても文武の心がけは忘れるな。

四.目付、横目などつとめる者が、職務怠慢のためか、情実のためか、一身の利害を考えるためと

 か、とかく、事実を報告しないようである。それでは己のためにならない。努力して何でも気づ

 いたことは報告せよ。おれらはお前らのことについて、聞いていることがある。追って処罰を

 申しつけるぞ。

これも独裁権の確立のためです。目付・横目は監察官のことです。独裁権にはスパイ策がつきもの

です。民間や臣下の秘密が詳しくわかればわかるほど、独裁者の権力は強化されることです。

この条項の末尾の下りは、ずいぶんな言いぐさです。これでは監察官らも怠けていられません。


五.右の条々、初上部したから心得のために示した。みなみな協力してことにあたれ、我意を立て、

 権を争い、人の功を奪うなどのことがあってはならない。

 みなみな努力せよ

これは、四条までを締めくくる言葉です。



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夕日に浮かぶ熊本城 2015.5.1に撮ったものです。
熊本城 20150501 007




                   <参考文献:覇者の条件(海音寺潮五郎薯)>
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