真田丸 その26

『九度山から脱出 Ⅱ』

先週は「武辺咄聞書(ぶへんばなしききがき)」に表された、信繁の九度山からの脱出について

記事にしましたが、今日は「翁物語」に表されている九度山からの脱出について記事にしたいと

思います。


信繁は九度村の者どもを集めて、手厚く饗応して、その席上で、

「わしはこの度、大坂の招きにあずかったので、武士としてそれに応じたいということは山々じゃ

が、久しく当村に厄介になって、随分おぬしらに親切にしてもろうたに、わしが行ってしもうたら、

おぬしらにお咎めがあろうと思われるので、それもならずと思っているわの」

と言った。

九度山・真田庵 (真田庵訪問記は「こちら」です。)
真田庵 007

すると百姓らは気の毒がり

「お武家様としては、ご入城なさりたいお心、良く分かります。てまえどもにはおかまいなくそう

して下さりませ。あとのお取調べの時には、お武家が知らせないでそっと立ち退かれるのを、百

姓風情がどう出来ましょう。夜中にそっと立ち行かれましても、わたくしども夜が明けてからやっ

と気づいた次第でございます。というような具合に申し開きましたら、さしたるお咎めもあります

まい。少しでも早く大坂にお出なされよ」

と勧めて、従者も差出してくれた。

信繁は礼を言って、明け方に立ち退いた。

百姓どもは、なお酒を飲んで、やっと飲み終わり後始末をしていると、和歌山から4、50騎の武

士らが村に駆けつけて来て、庄屋を呼んで、

「真田信繁の宅へ案内せい」と命じた。

庄屋は、

「真田殿は、ゆうべここを立ち退かれました。どこへ参られたかは少しも知りませんで、どうしよ

うかと皆が相談しているところでございます。ゆうべ宵のうちに立ち退かれたらしゅうござれば、

もう10里も行かれましたろうな」

「宵に立った?それではもう追いかけてもしかたないの」

と言って、武士らは帰って行った。


こちらの方が、信繁に村人たちが協力的ですから、個人的な心情としては、こちらを信用したい

ですね。


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いつもありがとうございます。


pig 20160716



                        <参考文献:武将列伝(海音寺潮五郎薯)>

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