秀吉の出世街道 その2

『遠江国久能で武家奉公』

子猿(秀吉)は少年の頃、生家を出て諸所を放浪したが、武家奉公を志し、遠江国に行き今川氏

の幕下で久能の城主をつとめていた松下加兵衛に仕えています。

久能城大手門
ku.久能城大手門

加兵衛は、はじめ子猿に草履取りなどさせていたが、しだいにこれを引き立てて手元で召し使う

ようになった。

ところが子猿の立ち振る舞いがすこぶる敏捷で、なにひとつとして加兵衛の心に叶わぬことがな

かったので、信任を与え、やがて納戸の出納を任されることになった。

ところが松下家譜代の小姓どもはこれをねたみ、なにか品物が紛失するたびに、みな子猿のせい

にし、これを加兵衛に訴えた。

松下加兵衛は元来、慈悲深い武将だったので、子猿のことをあわれに思い、その訳を言い聞かせ

て、帰国を勧め永楽銭30匹(1匹は10文)を路用として与えた。

子猿はそれを旅費にして、尾張の中村に帰った。

これが「豊臣太閤素性記」では、天文23年(1554年)、子猿が18歳のときのことであっ

たというから、要するに秀吉は15歳から18歳まで3年間は、遠江国久能の城主・松下加兵衛

のところで武家奉公をしていたことがわかります。



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sakura 20160720



                        <参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>
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