秀吉の出世街道 その10

『ハッチーと稲葉山城攻め』

墨俣の砦を根拠地として、いよいよ稲葉山の井口城を総攻撃することになった。

しかし、秀吉は、この難攻不落といわれた山城が力攻めでは容易に落ちそうもないのを見ると、

得意の謀略を用いたという。

稲葉山城(岐阜城) (岐阜城登城記は「こちら」です。)
gi.岐阜城 002

秀吉は、まず稲葉山周辺の地理を丹念に調査した。

わかったことは、城の搦め手は険阻な山崖で、まったく手のくだしようがない。

そこで大手の攻め口を弟の木下小一郎(秀永)に任せ、秀吉はハッチー(蜂須賀小六)以下7人の

手下を引き連れ、山の間道を通って、搦め手に廻ろうと考えた。

腰には、それぞれ兵糧を付け、大きな瓢箪に酒を入れハッチーの弟・蜂須賀又十郎に背負わせ、瑞

竜山に登り峰づたいに細道を稲葉山のうしろの牧田に出た。

裏道から稲葉山の頂上に上った秀吉が山下を見下ろすと、敵の城が眼下にあるが、秀吉が推量した

通りに、搦め手は険阻な地形を頼みとして、ひとりの番兵も置いていないようすであった。

それを見届けた主従8人は山を下り、塀際に近づき一丈あまりの細堀を、木々を押し倒し、それを

架け橋にして渡り、城内に忍び込り番人の雑兵10余人をたおし、具足をはぎ取って、斎藤方の兵

士に偽装した。

それから、飯櫃を持って攻め口へ兵糧を運ぶ様子につくろい、大手の方に急いだが、斎藤方の軍勢

は、これを怪しむものはいなかったという。


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いつもありがとうございます。


pig 20160803



                   <参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>
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らぶ・ハッチー

こんにちは。いつもお世話になっております。
やっほー、ハッチー!

昔は山賊とかならず者の頭のように言われたハッチーですが、復権がかない、嬉しいですね。
記事の頃のハッチーと秀吉は、初々しいといいますか、前進あるのみ!な感じがして気持ちいいです。

関西は無論酷暑日ですが、不思議なことに朝晩は気温が下がりますの。でもpiglet君が来たら、倒れちゃうかも。

つねまる さま

つねまるさん、こんにちわー♪

そう、ハッチーはいいですね(^^♪
この時代、ハッチーにぴったりの時代だったのかも知れないですね。

大正3年に、徳島城址公園に建立されたハッチー像の画像をwikiで
見つけましたので、明日の記事に貼り付けます^^

> 関西は無論酷暑日ですが、不思議なことに朝晩は気温が下がりますの。でもpiglet君が来たら、倒れちゃうかも。

関西の夏も暑いですよね!
関東は、毎日、ゲリラ雨が降っていますので、雨に濡れなければ過ごしやすいですよ。
毛皮を身にまとったうさーずたちは、この時期は24Hエアコンの部屋で
昼寝三昧しています^^
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平成26年6月30日に100城を制覇しました!

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