秀吉の出世街道 その17

『安国寺恵瓊の予言』

信長・秀吉・家康という3人の英雄を、それぞれ一個の人間という立場から見ると、もっとも魅力

に富んでいるのは、やはり秀吉でしょう。

毛利氏の使僧として名高い安国寺恵瓊は、強豪織田信長の前途を予言して、

「高ころびに、あふのけに、ころばれ候ずると、見申し候」

と述べていますが、そのついでに、信長の武将・羽柴秀吉の将来性についても言及し、

「藤吉郎、さりとてはの者にて候」

と述べています。

安国寺恵瓊(1539-1600年)
an.安国寺恵瓊 02

つまり、信長は高い地位にのぼりはするが、そこから、あおのけに、ころがり落ちるかもしれない

と、数年後の本能寺のおける横死を予測し、それに比べて藤吉郎秀吉は、なかなかの男だと、

その前途を暗に祝福しているのです。

信長の死後、1年半ほどで、秀吉は中央の政権を獲得し、恵瓊の予言が的中したのです。

そこで恵瓊は、少々得意になり、さらに秀吉の人物批評を続けています。

「羽柴は、弓矢を手に取り、槍一筋で城をも攻め、つぶさに世の辛辣をなめ、乞食の小者までやり

終えた人物だから、口先などで、ごまかせる人間ではない。日本を手の内にまわす名人だから、

毛利方でも、秀吉を相手にいくさなど決してすべきではない」

というのです。

この恵瓊の忠告に従い、秀吉と和睦した毛利氏は、東国の徳川氏とともに、もっとも上手に、その

家名をまっとうしたのです。

しかし、信長や秀吉の前途を予言することのできた安国寺恵瓊は、不覚にも自己の将来を予測する

ことはできず、秀吉の死後、天下分け目の関ケ原の決戦で、石田方に味方して敗北し、その身を亡

ぼしています。

実に皮肉なものです。



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pig 20160814




                         <参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>
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