戦国乱世 その11

『有力大名の台頭』

天文末年ころから、隣国の吸収を進めて境を接した有力大名の争いが起こっています。

歴史を飾る戦国武将の決戦がここから始まりますが、群雄割拠もこれからのことだといえます。

上杉Vs武田の信濃川中島の合戦1554年(天文23)に始まっています。

謙信Vs信玄
ka.川中島の戦い

武田信玄が小笠原長時・村上義晴らの信濃衆を追い、上杉謙信が逃亡の信濃衆を助けたというい

きさつですが、二大勢力の激突が、その接触点の弱小勢力を媒体として導かれた好例でした。

今川・織田に挟まれた松平元康(家康)などは、風にそよぐ葦の風情であったので、それが幸運

だったのかもしれません。

伊豆の北条氏と越後の上杉氏は北関東で接触していますが、両軍の応接にいとまなかった下野

の佐野氏なども注目されます。

佐野氏は藤原秀郷の本流の鎌倉御家人筋で、宇都宮・小山・結城・長沼・皆川の諸氏はその支流

ですが、隣の足利氏に抑えられていたのです。

それが国衆として復興し、大名となっています。

これは北条・上杉両氏とも、秀郷の子孫だという系譜を利用するために佐野氏を温存し、これと

の一族化を試みたといえるのでしょう。

この場合、秀郷は東国武士の草分けですから、北条氏を称する北条早雲も、上杉氏を称する長尾

輝虎も、関東制覇をめざし、秀郷の子孫として旧跡を再興するという名目を立てていたのです。

復古調になりますが、早雲も謙信も関東をそのふるさとだとする必要があり、それがまた威力と

なったのです。

毛利元就が安芸を確保するために、亡んだ安芸の守護代家の吉川・小早川両氏を自分の子息ら

に継がせたのも同じ例です。

しかし、いずれもその実力があってのことです。



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いつもありがとうございます。



pig 20160913





                       <参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>
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No title

川中島の銅像は迫力ありますよね!
頼山陽の川中島の漢詩もすごく好きです。

edokkokko さま

美談化された話であっても、「敵に塩を贈る」なんてオシャレで
いいですよね。

> 頼山陽の川中島の漢詩もすごく好きです。

この詩でしょうか。

馬に当てる鞭の音も静かに、夜中、上杉軍は千曲川を渡り、川中島にたどり着く。

明け方になって武田軍が気づくと、目の前に千万の敵兵が旗を擁して迫ってくる。

謙信はこの十年の間、信玄を討とうと一心に剣を磨いてきたのだ。

そしてあわやとおどりかかる瞬間、剣の閃光がきらめく。

だが信玄は咄嗟にその剣を避け、逃げ延びる。またしても討てなかったのだ。

その時の謙信の無念を思うと、 なんとも心苦しい


まさしく、像の背景になっているのでしょうか。
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