真田丸 その35

『真田丸の攻防』

翌日の4日に、真田丸はまた敵の猛攻を受けた。

この前夜の夜半から真田丸の空壕の中に越前の松平忠直の兵が3、4百人忍び込み、井伊家の兵も

間近く忍び寄っていた。

ただいま真田丸工事中
sa.真田丸工事中
<NHK HPよりお借りしています>

どうした訳かというと、城方の将の一人・南条光明という男が伊達政宗に誘惑されて、関東勢を

手引きして城内にもぐり込ませる約束をした。

その南条は密計が露見して誅された、寄せ手はそれを未だ知らなかった。

てっきり城は4日の早朝には落ち、城内は混乱に陥るに決まっているので、それに乗じて真田丸に

乗り入ろうというつもりだったのです。

この朝は霧が深く、全然見通しがきかなかった、夜が明けて信繁は敵が間近く敵が迫っていること

が分かったので、直ちに射撃の命令を下して、つるべ撃ちに放させた。

塀際に取り付いている越前兵は一人残らず撃ち落され、井伊家の軍勢は撃ちまくられ、壕際に寄り

つくことも出来ず混乱した。

これを見て、出丸の中では、

「よい機(しお)、討って出しょうぞ」

と勇みたったが、信繁は首を横に振った。

「今、討って出れば、一旦の勝利は得ることができるが、引き上げの時、必ず付け入らされる。付

け入らせないようにすれば、討って出た者を捨て殺しにせねばならぬことになる。すべて城内から

討って出る時は、引き上げの工夫がある時に限るのだ」

と教えた。



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いつもありがとうございます。


pig 20160924




                    <参考文献:武将列伝(海音寺潮五郎薯)>
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いい話

「討って出る時は、引き上げの工夫がある時に限るのだ」
いい話ですね。
現在のビジネスにも通じると思います。
後のこと考えずに「行け行けドンドン」で落ちた大きな会社が次々と…。
三太郎の勤務した会社もそうでした。
そーゆー会社からは、自ら撤退するのが一番です。

ところで貴兄は歴史に詳しいですね。
歴史をあまり知らない三太郎は、「へぇー」「ふーん」と読んでいます。

1つ教えてください。
三太郎の祖先は、新田ー足利の戦で負けて群馬から埼玉へ逃げてきました。
百姓ですが、周囲の農民をまとめて参戦したようです。
負けても殺されはしなかったようです。
農地は取られたようですが…。
ただあのころは武器などほとんど無く、鎌、鍬を持って陣を構え、実際には殺し合いは殆ど無かったと聞いています。
関東にはたくさんの小さな城があり、多くのいさかいが合って、それで殺し合いをやったら農民はいなくなってしまう。
本格的は戦は、信長の時代からだったのでしょうか?

三太郎隊長とマロ隊員 さま

三太郎隊長とマロ隊員さん、こんにちは。

太平の世と違い、戦国時代は激動の100年ですから面白いですよね。

私は歴史には詳しくなく、いや興味もなく戦国武将の生きざまに興味を持っているだけです。
現在に生きる私たちと違って、激悪な時代に何を考え生きていたのだろうと・・・。

城址に立ち、遠くに見える山の稜線を見ながら、あの山を見て何を考えたのだろう・・・と。
城跡は開発で、消えてしまっていますが、山の稜線は400年前と同じですから。

良質の資料は多く残っていませんので、自分で楽しむ範疇だと考えております。
すみません、歴史談義ができなくて・・・。
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Piglet01のブログへようこそ!!


平成26年6月30日に100城を制覇しました!

城郭ライトアップの撮影にチャレンジします。


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*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



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