戦国乱世 その18

『発展する流通』

富国策で殖産興業が進められ、いわゆる特産品が現れてきた。

陶器・漆器・鋳物などで、奢侈生活品(ぜいたくひん)も生産され、茶湯の流行がうながされてい

ます。

これらの商品の移出先は京都で、都でその名を知られたものが特産品となるのです。

都はその集散地となった。

自治都市「堺」
sa.堺

もとより都から大名に軍需品や文化生活物資が送られてくる。

織物・古着などが農村にも迎えられます。

また、城下町や港町には京都や堺商人の定住も見えてき、唐人らの来往もあった。

これらが異国の珍貨や薬種・香料を商うものであったことは言うまでもありません。

遠隔地商業の発生は古くからあったが、商品流通の全国的展開が戦国大名時代に著しくなったの

です。

すでに堺の町の発展は知られますが、戦国武将の上洛が企てられた永禄年代に、その飛躍的発展

があった。

むしろ、京都・奈良を従属させるいきおいもあった。

町人の交流この3都市の一体化した「都」が出現することになる。



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pig 20160925




                        <参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>
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No title

もの思う秋が近づいてきましたね。
可愛いですね。

No title

世間では堺の評判ばかり有名ですが、大阪の方も戦国時代は石山本願寺(今の大阪城付近に有った)を中心に町が栄えていたのです。
ギルド的利権で固められていた堺とは異なり、こちらは誰でも参加できる、いわゆる楽市であったと伝えられます。

一向一揆に加担したがために信長に潰されてしまい、跡地には秀吉の城が建造されてしまった為に詳細不明ですがね。。。

なにも堺だけが栄えていたわけではないと言う事は判ってください。

ちなみに、古代から平安時代にかけて、大阪よりも富田林の方が栄えていた時代も有った様です。
大阪が沼がちな農村で野党が跋扈していた時代、富田林は商工業で栄えていたらしい。

今の富田林からは想像もつきませんが、そういう時代も有ったそうです。

名無し さま

名無しさん、こんにちは。

そうですね。
もうすっかり、味覚の秋になってきましたね^^

でも、雨ばかりで傘が手放せないのは困りますけどね。

山田 さま

山田さん、こんにちは。

コメントありがとうございます。

歴史は、受け入れ易い時の人をメディア(小説も含めて)が操作している訳ですから
需用の私たちが取捨選択しないとダメなのでしょうね。

史実は少ない訳ですから、歴史は楽しむが一番だと思ったりしています。
だだ、意味のない模擬天守は教育に良くないと主張されている方も多いようですね。

日本全国駆け回りながら、その土地を楽しんでいます。
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