近代の城 その5

『城郭の“丸”とは』

城の主要部は領主および高級武士の居住地域で、数多くの郭(くるわ・曲輪)に分かれていて、本

丸を中心核として二の丸・三の丸、その他の郭が配置され、南の丸・北の丸など、それぞれ便宜上

の名称で呼ばれていた。

現存高知城縄張図
ko.高知城縄張図

各郭を「丸」と呼ぶのはいつ頃から始まったのかは勉強不足ですが、一般に使用されるようになっ

たのは戦国時代、いわゆる新城郭が生まれた時期であると思います。

中世では小規模な城砦が各地に散在していたので、城内の小区画を「丸」という風習はなかったが、

各地の小城砦が中央の大城郭に綜合され、各郭を丸と称するに至ったのではないでしょうか。

中世の山城などには本城に対して詰めの城というものがあった。

これは敗戦の際の最後の拠点を意味しますが、近世の新城郭には少なく「詰の丸」と呼ばれていま

す。

中世の小城が近世の大城に併合された「城」の名が「丸」に改められ、また近世では特に「詰の丸」

を設けず天守閣が代用されたここと思います。

真田丸は出城ですね。



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                        <参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>
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