秀吉と桃山文化 その5

『狂歌で罵る』

秀吉の歌道について調べると、まず狂歌・狂句の実例があります。

最も古いものでは、1579年(天正7)頃、主君・信長の命令で播磨の豪族・別所長治を三木

城に攻めたとき、明石与四郎(則実)という武士に送り、次の二首の狂歌に対して返歌を求めた

書状があります。

三木城攻め (三木合戦の記事は「こちら」です。)
mi.三木城 002

おくびやう者のきぐちいそぐ雲の上きえもはてなん人のありさま

つはものを千代にふるまで残しをきのちのたからとなすは此の御代

与四郎が戦場で兵卒を残したまま、親や主人よりも先に退却したので卑怯であると、ののしって

送った手紙です。

部下の卑怯未練なふるまいを、ののしりながらも、このように狂歌二首を詠んだ人物のおおらか

さが伺えますが、狂歌そのものは駄作といわれます。

1579年(天正7)といえば、秀吉43歳のときの作です。



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sakura 200161027




                     <参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>
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