秀吉と桃山文化 その9

『伏見城』

九州遠征の帰途、筑前の博多に滞在し筥崎八幡宮に参拝し、千代の松原の風景をめでて詠んだ

一首は

「ちとせをもたたみいれたる箱崎の松に花咲く折にあはばや」

それから、1588年(天正16)4月16日、聚楽第行幸の和歌の御会では「奇松祝」という

題で

「よろづ代の君がみゆきになれなれんみどり木たかき軒のたま松」

の一首を詠進しています。

この時期には、秀吉の作歌は評価されるようになったといいます。

伏見城 (伏見城登城記は「こちら」です。)
fu.伏見城 001

秀吉は太閤と号した晩年に、隠居城として伏見城を造営します。

この伏見城の金殿玉楼の一角に、御船入り学問所を建て、その四方にそれぞれ侘びた数寄屋の

造営し、自詠の和歌を書いて掛けたといいます。

辰巳の座敷の和歌は

「さらしなやおじまの月もよそならぬただふしみ江の秋の夕ぐれ」

未申の間の和歌は

「ながむれば宇治の川瀬の朝ぎりに遠ざかりゆく船をしぞおもう」

戌亥の間の和歌は

「あはれてふ柴の庵(いおり)のさびしきにたそやそぞろに山おろしの風」

丑寅の間の和歌は

「ふしみ江やかりねの床の夢さめてなくかなかぬか雁の一つら」

どれも、なかなか枯れた作です。

このうち、辰巳と、戌亥の作が今日に伝わっていますが、2つとも秀吉の自筆だと言われています。




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