秀吉と桃山文化 その10

『秀吉、茶をはじめる』

秀吉の教養のひとつ「茶」のたしなみについて見てみましょう。

秀吉がはじめて茶事を見覚えしたのは、主君・信長に従って上洛した翌年1569年(永禄12)

に堺に赴いて、その町の茶人たちの今井宗久・津田宗及・千宗易(利休)などに接近したのもこの

時だろうと思います。

千利休(1522-1591年)
se.千利休 001

茶会を開くことを信長から許可されたのは、これから9年後のことだといわれます。

信長は岐阜から上洛後、ほどなく名物茶器の収集に没頭し、茶道の妙味を理解し、茶の湯の政道

を唱えたが、家臣が武事を疎かにして茶にふけることを禁止し、ただ戦功の著しい者に対しては、

恩賞と称して名物茶器を与え、茶会を開くことを許可したのです。

これが茶の湯の免許だったそうです。

そこで秀吉も、播州経略の手柄を賞され、信長から茶会を催すことを許され、天正6年10月15

日、播磨の国の三木の付城で、朝会を開いています。

この日に使用された茶器のうち、乙御前の釜と月の絵の掛物は、信長公より拝領の品であったと

いいます。




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                        <参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>

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