秀吉と桃山文化 その13

『北野大茶湯』

次に名高いのは、1587年(天正15)10月、京都の北野天満宮で催された北野の大茶の湯で

しょう。

北野天満宮は、学問と芸術の神様と知られた菅原道真を祭っているので、これは茶道の発展を祈る

ための大茶会でした。

ki.北野大茶会の碑

国々に廻した触れ書には

「こんど北野の森で大茶会を催し、関白秀吉公秘蔵の名物茶器を残らず取り揃えて拝見させ、また

関白自ら茶をたてて飲ませる。茶道に志のふかい者は、若党でも、町人でも、百姓でもよいから、やっ

て来い。釜ひとつ、水差しひとつ、湯飲みひとつ。茶のない者は、麦こがしでも、かまわぬ。持参

せよ。」

とあったので、京都をはじめ、遠近の国々から数寄者がたくさん集まり、それぞれ趣向をこらして、

用意をととのえた。

その日になると、亭主役の秀吉は、北野天満宮の12畳の広間のほかに4席の囲いを設け、それに

秘蔵の名物茶器を飾り付けて見物させ、所望する者には茶をたててやった。

境内から、そのはずれの北野の松原にかけて、公家・武家・町人・百姓、そのほか下々の者がこし

らえた数寄屋・茶屋などが1500軒も立ち並んだという。

秀吉は午後になると、そのような茶席をいちいち訪問し、茶のもてなしをうけています。

山科のノ貫(へちかん))、美濃の一化(いっけ)などという侘び茶人の趣向が、秀吉に認められ

たのもその時でした。

このように大衆的な侘びた茶屋の趣向をこらした茶会は、なお太閤秀吉晩年の清遊といわれた醍醐

の花見の遊宴にも見られます。

秀吉は晩年になって、さらに侘びの趣向を好み、その心境にあって真の茶味を楽しんだありさまが偲

ばれます。



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                      <参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>
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