秀吉と桃山文化 その14

『能楽』

秀吉は茶の湯の他にも、さまざまな芸能を愛好していたといいますが、能楽もそのひとつでした。

秀吉が主催者となって能楽を興行させたのは、1585年(天正13)7月13日のことでしょう。

hi.秀吉と能

これは、その2日前に、かれが関白に任官したので、謝礼のため大坂から上洛し、宮中に参内して

「弓八幡」以下、5番の能を興行させ、正親町天皇の叡覧に供えたのです。

翌年の正月18日にも参内し、宮中の御能を拝観しています。

秀吉が能楽に興味を覚えたのはこの頃からだといわれ、天正15年正月2日には、大坂城に大和

猿楽四座の太夫たちを召し集めて、歌い初めを興行させています。

これは九州遠征に際し、縁起を祝うためであったといいます。

それ以来、秀吉はしばしば演能を見物するとともに、特に大和猿楽四座の復興を支持し、1593

年(文禄2)9月には、これに知行を与え、その家領を保障しています。



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pig 20161121




                  <参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>
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こんにちは。ご無沙汰しております。

呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。
能ですねー。

秀吉は、鑑賞するだけでなく自分が演じて、さらに能を作曲してしまうほどのめり込みますが、無邪気に楽しかったんだろうなぁーと思います。

現在と異なり、演能時間が短く、宴会の時にちょちょっと謡うなど、もっと身近で親しみのある芸能だったはずが、徳川時代にかちこちの高尚なものに。
秀吉のように楽しいなー、面白いなーっと思えるものでは、今はないですね。

pigletくんは、元気にしてますか?

つねまる  さま

つねまるさん、こんにちわー♪

能といえば、つねまるさん。
じゃじゃじゃじゃーんとコメントありがとうございます!

そうなんですか。
能といえば形式的で、堅いイメージしかありませんが、秀吉さんの
時代は軽い芸能だったのですね。

宴会の時などに、軽いノリで謡い、舞う。
これがいいですねー。
さすが秀吉さんです。

狭い世界で伝承する芸事より、みなで演じて、楽しむ。
大衆演劇がいいです。

競技人口が少ないオリンピック種目に、同じ人が4回も5回も出場する
のは税金の無駄遣いですし・・・。

なぜ、こんな話をしているのかな><
なにか食べ合わせでも悪かったのかな^^

> pigletくんは、元気にしてますか?

さいきん、寒い、寒いと言っていますので、床下ヒータに24時間エアコン
なんですよ。
pigletもsa-ko嬢も老体ですからね^^
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