大名屋敷 その2

『大名の中屋敷・下屋敷』

そもそも江戸屋敷といえば、一般に上屋敷を指し、この上屋敷は大手門外に幕府の閣僚、西の丸

下に親藩・譜代、桜田門外に有力な外様大名に割り当てられていた。

東大赤門
to.東大赤門

一方、中屋敷は隠居した大名や世子(跡継ぎ)の住まいで、江戸城外濠の内縁に沿った地域に配

されていた。

さらに国元から送られる物資の荷揚地や別荘に使われた下屋敷が、江戸湾沿いの地や江戸郊外の

閑静な地に置かれていたのです。

前田家を例にとると、上屋敷は本郷、中屋敷は駒込、下屋敷は板橋に置かれていました。

東京大学の赤門は、前田家の遺構として有名ですよね。

以上のような話を聞くと、大名はなんと贅沢な暮らしをしていたのだと思われがちですけど、一

年の一定期間、諸国の大名を江戸に住まわせるのは、実のところは徳川幕府が大名を監視し、つ

いでに屋敷の維持にお金を使わせて、適度に財力を奪うための方策のひとつだったのです。

実際、大名の多くは、国元で飢饉などが続くと、その台所は火の車だったといいます。




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大名がいっぱい

こんにちは。いつもお世話になっております。
そー。東京でびっくりするのは、大名のおうちがいっぱいなのと、その配置。面白いですよね。
今でも東京へ行くときはお金を貯めて貯めて、やっと行けるので、団体さんで威風堂々と行かなければならないなんて、たーいへん。

超高速参勤交代、ほんとにその通りだったのだろうと。

あ、水曜どうでしょう、楽しみですね。
希望は国内ですけど、無理なんだろうなぁー。

つねまる さま

つねまるさん、こんにちは。

すみません。遅くなってしまいました。

やっと家に帰りつきました。
上方は寒かったです><

江戸の大手町は大名さんがひしめきあっていたのですよねー。
中でも加賀100万石は凄かったようですネ。

つねまるさんも、お金貯めて貯めて早く上京されてください。
いや、超高速参勤交代のように、上京を決意するとなんとか
なります^^

> あ、水曜どうでしょう、楽しみですね。
> 希望は国内ですけど、無理なんだろうなぁー。

今度こそ、アカプルコに行って貰いたいですねー♪
意外と南米かもしれません^^
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