『女城主・井伊直虎』 その4

『武田氏の伊那谷侵略』

直虎は出家して次郎法師と名はもらったが、姿かたちは僧侶ではなく、完全な尼僧の装束であった。

名は法師でも仏門に帰依した直虎はあくまで女であったのです。

亀之丞の命を狙っていた小野和泉守が1554年(天文23)に病没した。

井伊家にとって和泉守の死は、のどに刺さった骨がとれた思いだったでしょう。

それほど今川家を背にした和泉守の力を恐れていたのです。

武田信玄(1521-1573年)
ta.武田信玄 002

和泉守の死は亀之丞のもとにもいち早く知らされが、亀之丞を保護する松岡氏の方に危機が迫って

いた。

それは武田信玄の伊那谷侵略です。

信玄は兵站補給の面から伊那地方を早くから重視しており、伊那谷の入口にある高遠城を奪い、

拡張整備して伊那谷からの物資調達に力を注いでいた。

天文23年7月、信玄自ら出馬して伊那谷を攻めた。

武田軍の圧倒的な軍事力に、殆どの国人領主や土豪たちは戦わずして降伏した。

松岡氏もまたその一人だった。

そうした情勢を見るにつけ、亀之丞と今村藤七郎はいつまでも松岡氏の庇護を受けてはいられな

いと思っているところに、直盛から帰国を促す使いがきた。

亀之丞は女の子と生まれたばかりの男の子を伴っていた。

代官・塩沢氏の娘が産んだわが子だった。

養子となる身分の亀之丞としては、男子を連れて帰るわけにはいかず、正式の妻ではない女を伴

うことも許されるわけはなかった。



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東京湾に沈む夕日(20170204)

20170204-000.jpg





                    <参考文献:女城主・井伊直虎(楠戸義昭著)>
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No title

わぁ~ 美しい夕日~☆
いつの時代にも人々はこの夕日を見て、
感動したのでは..。
そんな思いにふけりました(^^♪

ハーモニー さま

ハーモニーさん、こんにちは。

そうですね。
先人たちは見た星や夕日などは、もっときれいだったのかも
知れませんね。

飛行機の上から見る東京は、雲がかかっているようですから、、

梅の花や河津さくらが咲き始めましたので、春はもう近いようです。
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