「夫を餓死させられた満天姫」 その27

『三成の娘は美人であった?』

三成には正室との間に男子3人、女子3人がいた。

いずれも大坂の屋敷にいて、そのうち長男と3男は命をながらえるべく出家して命をながらえるが、

当時12歳だった次男は屋敷を抜け出て、遠く奥州津軽に落ちる。

三成の子孫を囲った津軽藩 (弘前城登城記は「こちら」です。)
hi.弘前城 001

三成が津軽家のために大いに便宜を図っていたから、庇護して貰えるかも知れないと伴の家来が

考えてことであったという。

三成の次男がはるばるやってくる。これは津軽為信も驚いたことだろうが、頼ってきた12歳の子供

をむげには扱えない。

杉山という姓を与えて保護したのです。

それが津軽杉山家の祖で、2代の八兵衛吉成には津軽家に仕えて、菜地千石を頂戴した。

千石といえばたいした高禄ですが訳があるのです。

3人いた娘のうち2人は、関ケ原の戦いの前に嫁いでいて、ひとりは妹で12歳の兄と一緒に奥州に

落ちて、津軽家を頼ったといいます。

その時9歳でした。

満点姫が津軽信枚に輿入れした慶長16年には20歳になっています。

この辰子という名の妹は満天姫と違って美人であったという。

三成は鼻筋の通った秀才面の2枚目だから、娘が美人に生まれても不思議ではなく、満天姫が信枚

に嫁いだとき、辰子にはすでに信枚の手がついていたのでしょう。



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               <参考文献:戦国女人抄おんなのみち(佐藤雅美著)>
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