「夫を餓死させられた満天姫」 その36

『あわれな正則』

福島正則が広島に帰った翌年(元和3年)の春の長雨で太田川が氾濫し、夏にまた洪水がって

城下一円が大災害に見舞われ、正則は武家諸法度の趣旨に従い、崩壊した城壁の修復を再三に

わたって幕府の執政・本多正純に申し出た。

広島城
hi.広島城 20120209 003

正純はそのことを秀忠に告げることなく、修復だから正式な許可はいらないのではないかと曖

昧な返事をする。

ならばと正則は修復を進めのだが、そのことが断りもなしに修復したとされ、咎められて正則は

陳謝した。

幕府はついでに、本丸を残し、そのほかは破却しろと命じたのです。

正則は承知しましたといって破却にとりかかったが、幕府は上に積んだ石だけをとりさるだけで

済まそうとしたと、言いがかりをいう。

正則は弁明のため、この年4月に出府した。

秀忠は正則と入れ替わるように江戸を発ち、上洛して6月2日に重臣と議し、申し渡すことを決

めた。

秀忠は同じ6月2日、久世広宣、坂部広勝ら旗本に、江戸に戻って、江戸にいる譜代大名らに

こう言えといった。

「福島正則がこたびの命を聞かず、手向かうようなら構わぬ、誅戮(ちゅうりく)しろ」

6月9日、秀忠は牧野忠成と花房正成を召して言った。

「すぐさま江戸に下って、福島正則のもとへ使いして余が厳命を伝えよ」

厳命とは秀忠が重臣らと議した申し渡しで、牧野と花房の両人は江戸に急行し、愛宕山下に出

向いて厳命を伝えた。



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               <参考文献:戦国女人抄おんなのみち(佐藤雅美著)>
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