『女城主・井伊直虎』 その12

『女城主・直虎誕生』

井伊家から男が消えた。

井伊家は立ち行かなくなる。そこで残された策はもう「次郎法師」しかなかった。

次郎法師は男性名であったが、これまで姿かたちは女、つまり尼僧であった。

この彼女が、男として生きていかなければならない時が、ついに永禄8年(1565年)にや

ってきた。

直虎 004

中野信濃守直由が新野左馬助親矩とともに引馬城を攻めて戦死したのは永禄7年9月15日の

ことだった。

これにより井伊家一族一門で、地頭の任にあたれる者は誰もいなくなってしまう。

地頭とは年貢の徴収権、警察権、裁判権をもって領内の住民を支配した在地領主のことで、戦

国時代は守護の被官となっていた。

つまり井伊家では井伊谷を支配する一方、守護の今川氏の被官として軍役を担っていたのです。

2万5千石の所領を有し、今川家への軍役を果たす地頭職をどうすべきか。

男がいなくなった井伊家の未来をどうすればよいか、頭を痛めたのは龍胆寺の南渓和尚であっ

た。

才知に富み、武勇にも優れていた南渓和尚は、養子ゆえに直平の子であっても井伊家を継ぐこ

とはできなかった。

そんな南渓が、直盛の未亡人で直虎の母でもある祐椿尼と相談して、直虎(次郎法師)を地頭

にすることを決めた。

直虎を地頭にすると決めたのは、井伊一族一門の皆が戦死するなかで、ただひとり虎松(直政)

がいたが、まだ5歳と幼く、小野但馬守からいつ命を狙われるかわからない。

この虎松だけはどんなことがあっても守り通さなければならない。

このために直虎は虎松を後見するという理由をもって地頭となり、井伊谷城の女城主になったの

です。



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                   <参考文献:女城主・井伊直虎(楠戸義昭著)>
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