「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その2

『於長の縁談』

玉は信長のお声がかりで、16歳のときおなじ歳の忠興と結婚し、翌年に於長という娘を生み、続

けて熊千代(後に与一郎)、与五郎、光千代とたてつづけに男子を生んだ。

熊千代、与五郎、光千代の男子3人は父・忠興とともに京に移り住みだが、娘は手元に置いて大坂

玉造の屋敷に住まわせた。

細川幽斎(1534-1610年)
ho.細川幽斎

玉の舅、隠居の細川幽斎は千本の屋敷ではなく、京の東の吉田神社の傍に隠居にふさわしい居を

構えていた。

その幽斎があるときひょっこり大坂まで下ってきた。

このとき幽斎は8歳の於長に縁談を持ってきたのです。

大坂城の普請が始まって3年が経ち、聚楽第はまだ半ばしか出来上がっていなかったこの年、天正

14年9月のことで、於長はまだ満で7つであった。

むろん、すぐに祝言という訳ではなく、年頃になったら嫁ぐということで、とりあえず縁談をまと

めておこうということです。

「お相手は?」

「前野但馬守殿のご嫡男小太郎殿だ」

舅と前野但馬守が親しくしているのは知っている。しかし、玉と前野家とは交流はなく、嫡男がい

るというのも初めて聞く。

「おいくつになられるのですか?」

「16だ」

「8つ違いでございますね」

「殿(忠興)の御意向は?」

「わたしに任せるとのことだ」

「義父上がおっしゃることに間違いがある筈がございません」

幽斎は当代きっての教養人で、むろん玉は幽斎のことを深く敬愛している。

「万事、お任せいたします」

といって玉は横を向いて話しかける。

「よろしいね」

於長はか細い声でいう。

「わたしに異存はございません」



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pig 20170403





              <参考文献:戦国女人抄おんなのみち(佐藤雅美著)>

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こんばんは^^

こんばんは^^

ガラシャの娘の話、とても興味深いです。
以前、三浦綾子さんの 細川ガラシャ夫人の 上 下 の小説を読みました。

piglet01さんの記事でいつか ガラシャ夫人の話が出てくるのでは~と
思っていたんですよ~
続きも楽しみにしています^^♪

気がつかなかったけど、2010年にも「細川ガラシャ」 の事が
書かれてあったのですね^^

ハーモニー さま

ハーモニーさん、こんにちは。

ガラシャさん人気ありますよね。
女性に関する史実は殆ど残っていませんが、ガラシャさんは
りキリシタンであったので、記録が残っているので書きやすい
のでしょうね。
それに、あまりにも美人であったので、忠興さんのやきもちが
半端じゃなかったとか。エピソードもありますね^^

古い記事は少しだけでいたが、いづれは記事にしたくで「カテゴリー」
だけは作ってありました^^
今回は、娘の話になってしまいます><
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