「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その2

『信長の美濃攻略』

前野但馬守長康はもともと尾張の北の木曽川沿いをうろついていた風来者で、義兄弟の兄貴分、

蜂須賀小六と一緒に、主取りせずに好き放題に生きていたという。

尾張の南にいた織田の一族の小せがれ信長が、あれよあれよという間に勢力を伸ばし、尾張一円

を支配するに至った。

小牧山城
ko.小牧山

信長の次なる目標は美濃であり、尾張北東の小牧山に城を築き、美濃攻略に乗り出した。

もはや尾張に信長にとってかわる者はなく、当時、小右衛門といった前野長康の親兄弟は、小牧

山に出向いて信長に頭を下げ、信長の家来になるようにと勧めるが、小右衛門も小六も信長に仕

えるのを敬遠して背を向けた。

小牧山には出向かず、信長の美濃攻略を横目に無頼風来の徒であり続けた。

信長の美濃攻略ははかばかしく運ばなかった。

美濃の総大将は東濃の稲葉山城に本拠をおく斎藤義龍で、義龍を総大将とする美濃の諸将は勇敢

果敢で、信長の攻略をことごとく跳ね返していた。

美濃の西に西美濃3人衆という3人の有力武将がいた。

稲葉山と西美濃3人衆がそれぞれ構える城との間に墨俣という戦略的拠点があり、そこに楔を打

ち込むように城を築けば義龍と西美濃3人衆を分断できる。

信長はそのことを早くから気づいており、何度か墨俣城築城を試みたが、ことごとく失敗。

この墨俣城築城を信長は、あらためて当時、木下藤吉郎といった秀吉に命じた。



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pig 20170404


            <参考文献:戦国女人抄おんなのみち(佐藤雅美著)>
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No title

可愛い!!癒やされます。

4月10日月曜日に高遠城に行きます。
あらかじめここでお勉強をさせてもらいました。
とっても参考になります。ありがとうございます。
今年は桜が遅いようでとっても残念です。

名無し さま

高遠城といったら桜の名所ですね☆
週末は混雑するようですが、月曜日でしたら大丈夫でしょうネ^^

> 今年は桜が遅いようでとっても残念です。

10日でも早いのでしょか。
関東がトップ切って咲いたようですが、九州はやっと咲き始めたとか
いっています。
全体的に遅いようですね。
高遠城の桜、見せて欲しいものです!
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