「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その6

『神になった信長』

豊家創業の最大の功臣のひとり、前野長康(坪内光景)は信長が本能寺の変で倒れた時、

播州の三木にいた。

備中高松城 (備中高松城登城記は「こちら」です。)
bi.備中高松城 002

秀吉と小六は備中高松で毛利勢と対峙していた。

それより前、信長から播州と但州の二国を与えられた秀吉は但州一国13万石のうち10万

5千石を弟の小一郎に与えた。

播州は52万石あり、小六には5万1千石、小右衛門には三木に3万1千石を与えた。

信長の陪臣ではあるが、万石以上を大名というなら、小六も小右衛門も大名になっていたの

です。

一方、信長は本能寺の変で倒される9ヵ月前に、分国の真ん中にあって、唯一信長に従わな

かった伊賀の国を攻めた。

以前からその兆候はあったが、伊賀攻めあたりから信長は神のようになってしまったのです。

この信長の“様躰”は、そのすぐ後の甲州攻めでも続いています。

信長は甲州から帰り、家康の領地を通って安土に帰ったが、家康は粗相のないよう全神経を

張り詰めて、神のようになってしまった信長の接待に当ったという。

光秀が謀叛して信長を殺してしまった説は、いろいろ言われていますが、この帰途ずっと信

長に付き従わされたことに最大の原因があるような気がします。

神のように振る舞う信長に、光秀は神経をずたずたにされて半ば狂ったのかも知れません。



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pig 20170417




                <参考文献:戦国女人抄おんなのみち(佐藤雅美著)>
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光秀の精神異常説、有力かもしれませんね

>光秀が謀叛して信長を殺してしまった説は、いろいろ言われていますが、この帰途ずっと信
長に付き従わされたことに最大の原因があるような気がします。
 神のように振る舞う信長に、光秀は神経をずたずたにされて半ば狂ったのかも知れません。

〇なるほど、これは初めて知りました。
 今まで説には納得できない面がありましたが、この光秀の精神異常説、有力かもしれませんね。
 草々

ささげくん  さま

ささげくんさん、こんにちわー♪

コメントありがとうございます!

光秀さんは語ることなく去ってしまいましたので、後世の歴史ファンを
楽しませてくれていますね。
謀叛の原因がわかっていれば、彼の名はこんなに大きく戦国史に残らなかった
でしょうね。

史実がないので、歴史は楽しさを倍増されてくれるものなのでしょうネ。

No title

知識人であった光秀には信長がどんどん理解できない人物に見えてきたのかもしれませんね。
光秀は好きなほうなので、どうも現在語られている話が秀吉に盛られている気がしてなりません・・・w

えどっこっこ さま

えどっこっこさん、こんにちは。

光秀さんは教養人として有名ですよね。
信長さんの無茶ぶりには相当こまったでしょう。

この時代、負けてしまうと完全に”0”になる時代ですから、歴史は勝った
方の論理で残されていますよね。
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