『女城主・井伊直虎』 その23

『家康に恭順の意思』

甲冑に身を固めた直虎は、家臣を従えて馬を走らせていた。

井伊家領内に入って来た徳川家康に敬意を表し、国境まで出迎えるためであった。

これは井伊家一族が家康に味方することを、当主として正式に伝えるためであり、請われれば

一族のしかるべき者をつけて、道案内もさせるつもりであった。

直虎 016


記録として残っていませんが、こうして井伊家は家康軍の進軍を歓迎したのでしょう。

長年にわたって制圧され、苦しめられ、多くの犠牲を払わされてきた今川氏と決別する時が、

いままさに訪れたと直虎は判断したのです。

一族一門は井伊家領内に入って来た家康軍に武器を置いて道を貸し、恭順の意思を示した。

直虎は今川氏に地頭職を罷免されたとはいえ、その罷免した張本人の氏真自体が武田信玄に

攻め込まれ。駿河国はおろか、今川館のある駿府までも追われ、遠江の掛川城まで逃げて、

今川氏の政治機能は完全に崩壊していたのです。

だから今川氏が直轄領とした井伊谷は、小野但馬守が井伊谷城を抑えたものの、主家・今川氏

の崩壊でうやむやになり、事実上、領地はそのまま井伊家が所有したままであったと思われま

す。

つまり直虎は地頭職を罷免されて、徴税権、警察権、裁判権の権限を失ったが、井伊家が井伊

谷を追われて滅亡することは免れていたのでしょう。

そして井伊谷城の小野但馬守は、家康からも、また井伊家からも、許せぬ敵として攻撃の標的

になるのです。



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                      <参考文献:女城主・井伊直虎(楠戸義昭著)>
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