「謂れのない汚名を後世に晒した悲劇の女・千姫」 その20

『千姫を恩賞に』

主家を離れたのは直盛にとって結果的によかったが、この男は性格に難があった。

短期でこらえ性がなく、粗暴で落ち着きがなかった。

主人の秀家と対立したのもひとつには直盛がそんな性格だったからで、この大坂城攻めのとき、

直盛はこんな風聞を耳にした。

「大御所(家康)様が、千姫を救い出した者に恩賞として姫をとらせると仰せられているそう

だ」

千姫(1597-1666年)
se.千姫(肖像画)

千姫は生まれながらにして秀頼に嫁ぐことを義務づけられていて、7歳のときに秀頼に嫁いだ。

そのときの家康には、やがておのれが秀頼の息の根を止めることになるとは思いもよらない。

幸せになるだろうと信じて千姫を送り出した。

ところが、あにはからんや、秀頼は家康にとって、将来、強力な競争相手となるに違いない男

となって目の前に現れた。

これは危ない。

放っておくとこの男に天下を奪い返される。自分の目の黒いうちにと思って大坂冬の陣、夏の

陣と仕掛け、いままさに息の根を止めようとしている。

哀れなのは、幸せになるだろうと信じて送り出した千姫だ。

放っておいたら、婿(秀頼)や姑(淀殿)らと運命をともにしてしまう。

千姫に非はない。

なんとしても助けてやりたい。

家康らしくなく狼狽して周囲の者に

「千姫を救い出した者に恩賞として姫をとらせる」

と漏らした。

それを坂崎直盛は耳にした。


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                 <参考文献:戦国女人抄おんなのみち(佐藤雅美著)>

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